285.ランドルフ様が振り絞った勇気
みたらしに似た甘辛い餡に、胡桃が入っている。外側のパイの食感とよく合うわ。美味しく食べていると、ヘンリック様がハンカチを広げた。私の膝の上へ当たり前のように敷く。
「ありがとうございます、ヘンリック様」
「いや……」
赤くなって照れないで頂戴。といっても、耳の辺りまでなので、距離が遠いマルレーネ様は気づかないかも。パイのさくさくした食感は好きだけれど、こうして溢れてしまうのよね。その食べづらさからか、貴族のお茶会ではあまり出されないと聞いた。
私は全く気にしないし、今回は温室だからこっそり外で叩いたら落ちると思ったのだけれど。ハンカチに落ちた欠片は、後で捨てておきましょう。真ん中に寄せてくるりと畳んだ。
「おかぁ、しゃま! これぇ」
走ってくるレオンは、以前よりふらつきが減った。庭や絨毯の部屋を走るから、徐々に体幹が鍛えられているのかも。成長した影響もありそう。満面の笑みで握りしめるのは、薔薇の花だった。
「あら、素敵な花ね」
勝手に摘んできたの? なんて叱ったら、悲しませてしまう。私に見せるつもりだから、まずは受け止めた。膝の上に上半身を投げ出し、しがみつくレオンは花を差し出す。
「あげゆ!」
「ありがとう、どなたに頂いたの?」
受け取った花はまだ蕾が綻んだばかり。滑らかな真紅の花弁が目に鮮やかだった。棘は綺麗に払われており、レオンが折ったのではないようだ。
「おにわの、しと」
お庭の人……庭師さん? 顔を上げた先で、ランドルフ様が後ろ手に隠した花を取り出した。ユーリア様へ手渡そうとして、どう言葉にしたらいいか迷っている。頑張って! 拳を握って応援したら、レオンも真似していた。ヘンリック様も緊張した面持ちだ。
「あの……お母様に、似合うと思って……もらってきました」
今まで花をプレゼントしたことがないのだろう。真っ赤な顔で、ぐいっと差し出す。目を見開いたユーリア様は、ほわりと微笑んだ。
「ありがとう、ランドルフ。とても綺麗だわ」
柔かな印象の濃ピンクの薔薇は、見事な大輪だった。すでに開いた花は、己の美を誇るように揺れる。リボンも何もないけれど、母親にとって最高のプレゼントだわ。たとえ、道端の草だって嬉しいもの。
「花に見惚れていたら、庭師の方が分けてくれました」
受け取ってもらえたランドルフ様は、気が楽になったのね。ハキハキと話し始めた。どうやら二人で花の前に座り「綺麗だね」と笑い合っていたら、庭師さんが棘を取って渡したみたい。温室の花だから、マルレーネ様にもお礼を伝えた。
「ランドルフ、おいで」
普段は留学先にいて離れて暮らす兄に呼ばれ、ランドルフ様は緊張した様子で歩み寄る。近づいた弟の手を取ったローラント様は、隣に座るよう促した。硬い動きで座るランドルフ様に対し、ローラント様の表情は柔らかい。
「母上を守ってくれてありがとう。薔薇の色はお前が選んだのか?」
「っ、はい! 俺が選びました」
そこから兄弟の仲のいい会話が始まり、互いの近情を交換し合う。微笑ましく見守る大人の間で、二人は温かな時間を過ごした。その暖かさに誘われたのか、レオンは眠ってしまったけれど……最近、本当によく寝るわね。黒髪を膝に乗せ、マルレーネ様やユーリア様と子育て談議に興じた。




