283.悪い方ではないの
私の予感は悪い方へ当たってしまった。マルレーネ様やユーリア様が、微妙に言葉を濁して「悪い方ではないのよ」と匂わせた理由を知る。距離感ゼロなの。べったり張り付いて、気に入った人に話しかけ続けるタイプだった。
次のお気に入りが見つかるまで、私に執着しそう。困ったと思っていたら、リースフェルト公爵が間に入ってくれた。気を逸らして連れ出す。「綺麗な花を君と見たい」と口説いて連れ去るスマートさは、慣れを感じさせた。
「すごいでしょう?」
「悪い人じゃないけれど、ちょっと疲れちゃうの。どう説明していいか、難しくて」
いなくなった途端、二人に労われた。お膝の上のレオンは顔を埋めたまま、うとうとしている。途中まで愛想よく振る舞っていたが、さすがに飽きたのね。素直さが羨ましいわ。子供なら許されるけれど、私がやったら怒られそう。
「待たせた、アマーリア……何かあったのか?」
戻ってきたヘンリック様が、するりと隣に滑り込む。膝の上のレオンは夢の中だったが、慌てて戻ってきた。ぱちりと目を開き、「おとちゃま」と笑った。その黒髪を撫でるヘンリック様は、私の顔を覗き込む。表情に出るほど疲れていたのかしら。
「おほほっ、パウリーネ様の洗礼を受けただけですのよ」
ユーリア様がからからと笑いながら、事情を簡潔に説明する。助かるわ、私からは言いにくいんだもの。
「ああ、彼女か。悪い人ではないんだが」
ヘンリック様のセリフに、私を含めた三人が笑いだした。きょとんとしたレオンだが、釣られて笑顔になる。取り残されたヘンリック様が「何かおもろしろかったか?」と不思議そうに呟いた。
「いえ、皆、同じように……ふふっ、仰るものだから……うふっ」
笑いを堪えながら話せば、ヘンリック様は納得してくれた。口元が緩むから、嫌な気持ちにさせずに済んだみたい。レオンが両手を伸ばし、ヘンリック様は当たり前のように自分の膝に乗せた。その姿に、マルレーネ様が目を細める。
「素敵ね、こうして家族で集まっても違和感がない。ヘンリック殿も幸せそうだし、アマーリア様も」
「ええ、少し前まで皆様大変でしたから」
ユーリア様が相槌を打つ。大人しく両手を揃えて座っていたランドルフ様が、ぽんと椅子から飛び降りた。すると、気づいたレオンが手を振る。
「レオン様、今日遊べるか?」
「うん、いいよ」
ルイーゼ様の時と違い、素直に頷いてヘンリック様の腕をぺちぺちと叩く。下ろしてと訴え、床に立った。手を繋ぎ、元気に走っていく。ランドルフ様の凄いところは、自分より年下の子に合わせて動けるところね。走る速度を調整しているわ。
下に弟妹がいない末っ子なのに、珍しい。そう伝えると、親族の子と遊ぶ機会が多いと教えてもらった。ユーリア様の隣で、一人の青年が静かに頭を下げる。
「自己紹介の機会をいただけますか? ローラント・バルシュミューデと申します」
「はじめまして、アマーリア・フォン・ケンプフェルトですわ」
礼儀正しい子で好感が持てる。バルシュミューデ公爵夫人は子育て上手ね。




