282.王女らしからぬ振る舞い
「ルイーゼ、呼ぶまで待つように伝えたでしょう?」
後ろの侍女が頭を下げ謝罪する。しかしルイーゼ様は足を鳴らして、不満を訴えた。その姿は一国の王女殿下ではない。まだ四歳だけれど、我が侭を通すことに慣れてしまったのね。気に入らないことも騒げば通せる、と先代王の振る舞いで覚えている。
これは確かに厄介ね。レオンがきょとんとした顔で振り返った後、私の胸にぎゅっと抱きついた。顔を埋めて嫌々と首を横に振る。
「れぉ、いっちょ」
「やだ」
忖度のない幼子だからこそ、本音が素直に口をつく。思わぬ返事に、ルイーゼ様は不思議そうに首を傾げた。何を言われたのか、わからないようだ。
「ルイーゼ様、レオンはいま無理なようです」
伝えた途端、足をバンバン鳴らして怒りを露わにした。驚いたレオンはさらにしがみつき、そちらを見ようとしない。最初の頃は「るぅ」と呼んで、仲良く遊んでいた。
「おやめなさい、お茶会に参加しなくて結構。下げなさい」
マルレーネ様の厳しい声に、うわぁああ! と泣き声が重なった。空を仰いで大泣きする姿は可哀想だが、ここは親の教育方針に口出しすべきではない。
「この国に王女はいないようだ」
それまで黙っていたヘンリック様が立ち上がり、ひょいっとルイーゼ様を担いだ。レオンを抱き上げるときと違い、まるで荷物を持つように。軽々と運んでいく。途中で侍女が手を差し出すが、首を横に振った。
私を振り返り「少し席を外す」と言い残し、堂々と温室を出ていく。
「大丈夫かしら」
「ケンプフェルト公爵なら平気よ。ときどき、ああして叱ってくれるの」
「まったく知りませんでした」
書類を運ぶ文官が、王女とぶつかったことから始まった。謝らない王女に、ヘンリック様がこんこんと言い聞かせた。ルイーゼ様が泣いても、謝るまで許さなかったとか。あの人らしいわ。
仕事をする文官と遊ぶ王女なら、文官が優先だ。ヘンリック様の言いそうなことね。そもそも王女殿下の過ごす奥宮と、文官が仕事をする区域は違う。相手の領域に入ったら、そのルールに従え。それができないなら入るな。その説教の最中に通りかかり、マルレーネ様は感心したという。
「お仕事の話をなさらないの?」
「実はここしばらく忙しくて」
昨日も報告会ができなかった。それに王室のあれこれを、吹聴する人ではないから。寝室で話す内容でもない。結果、呑み込んでいるのなら……気遣ってあげないと。
「バルシュミューデ公爵家の皆様がご到着なさいました」
ユーリア様はご子息を二人連れ、両手に花で入られた。
「リースフェルト公爵家の皆様でございます」
すぐにパウリーネ様が公爵様と腕を組んで現れる。その後ろから、執事らしき男性の手を借りたご令嬢が顔を見せた。八歳ならユリアーナと同じ年齢、淑女の振る舞いに憧れる年頃かも。まだ婚約者がいる年齢ではないので、家族か上級使用人のエスコートがマナーね。
これで参加者は揃ったみたい。ユーリア様はともかく、パウリーネ様は要注意ね。お付き合いに最適な距離を見極めないと、危険な気がするの。




