281.レオンは無理ですわ
レオンが子爵家や男爵家なら問題ない。いずれ近衛騎士となり、王女殿下を守る幼馴染みという立ち位置を確立できた。婚約できない爵位差があれば、周囲も男女の仲を勘繰ることはない。
ルイーゼ様が王女殿下であり、レオンは筆頭公爵家嫡男なのが問題だった。この点はマルレーネ様も唸ってしまう。どちらかの地位を変更することは無理で、二人を一緒に学ばせることはできない。ルイーゼ様は王族としての振る舞いを覚え、公爵家を継ぐための勉強をするレオンとは方向が違った。
「難しいわね」
「確か、リースフェルト公爵家には八歳のご令嬢がおられましたし。侯爵家にも年頃のご令嬢がいるはずですわ」
王族に子が生まれると聞けば、近い年齢の子が増える。伯爵家以上なら側近や婚約者の候補を狙えるので、一歳差までの子を生むのだ。自然とその年齢層の子が増えるため、今度は子爵家以下の貴族も子を産む。上位貴族に嫁がせたり、従者とする子を必要とするから。
王家からピラミッド型に子供が増える仕組みだった。なぜか関係ないはずの平民も、合わせたように出産数が増えるのよね。
当然ルイーゼ様の懐妊を聞いた貴族は、親族から養子を取ったり我が子を身籠ったりした。同年代の貴族令嬢は多くいるはず。私の意見に、マルレーネ様は「そうね」と答えながら、なぜか残念そうだった。そもそも、このくらいの話……王太后様ならご存じのはず。
「レオンと一緒に王宮へ通って、ルイーゼを導いてほしかったの」
「申し訳ございません。ご期待に沿うことはできませんの」
レオンには彼に合わせた教師や勉強環境を与えたい。誰かのために我慢したり、何かを犠牲にしたりするのは許せなかった。大切な友人であるからこそ、最初にきっちりと断るべきだ。不誠実な態度をとって曖昧に濁した結果、大きな失敗をするのは目に見えているもの。
「わかったわ。あなたがそう言うのなら、私も無理を通したりいたしません」
ほっとした。申し訳なさより、有り難さが先に立つ。その感情が顔に出たのか、マルレーネ様に笑われてしまった。口元を押さえて、くすくす笑う姿に揶揄われたのかしら? と首を傾げた。
「おか、しゃま……いい?」
いつの間にか近づいたレオンが、そっと膝を叩く。話しかけてもいいか確認する義息子を、抱き寄せてスカートの上に乗せた。ふんわりしたスカートが面白いようで、レオンはもう一回と強請る。
「屋敷に帰るまで我慢よ。お家でもう一度ね」
「うん」
言い聞かせる姿を、マルレーネ様はじっと見つめた。子供への話しかけや注意の仕方など、いくつか情報を共有する。膝の上のレオンは、足をぶらぶらと揺らし始めた。これは退屈しちゃったのね。どうしようか迷っていると、元気な声が近づいてくる。
「やぁ! れお、あちょぶの!!」
止めようとする大人を振り切り、小さな子が走ってくる。鮮やかな赤いドレスを着たルイーゼ様だった。あの色は目立つわね……本人も汚れも。以前のお茶会で温室の土を弄っていた姿が思い出され、心配が先に立った。




