280.王太后様の悩み相談
王宮の主が代替わりしても、大きな変化は感じられない。上質な絨毯の敷かれた廊下を抜け、温室へと案内された。以前と同じ温室だが、今回は内装……と呼ぶのかしら。家具や絨毯が違っていた。人数が多いからか、長椅子が複数並ぶ。
テーブルは低いタイプばかりで、すべて小型だった。大きなテーブルを皆で囲むのではなく、自由に長椅子で寛ぐスタイルみたい。ローテーブルにお茶のカップを置くのね。お菓子はどうするのかと思えば、少し離れて立つ侍従や侍女が運ぶようだ。
子供達も見えるようにするためか、お菓子の台は低く作られていた。こういった工夫は王太后様らしくて、好印象ね。主催であるマルレーネ様にご挨拶し、私達はまだ人の少ない温室を見回す。以前王妃であられた時のお茶会は、私達が最後だったのに……今回は一番だったのね。
「他の公爵家の皆様には、遅い時間を案内したのよ」
悪戯成功とばかり、楽しそうな声でマルレーネ様が明かす。理由は単純で、私と話したかったから。そう聞いたら、嬉しく感じられた。ヘンリック様は少し離れた椅子に座り、隣にレオンを下ろす。不満そうにこちらを見るレオンに、何かを囁いた。
「ぼく、きしになゆ!」
立派な騎士様は淑女を見守るとでも言われたのかしら。ヘンリック様はすまし顔で、出されたお茶を楽しみ始めた。レオンはちらちらとヘンリック様を盗み見て、真似をする。熱いお茶は危ないと思ったら、マーサが手を貸していた。
今回はリリーがお留守番で、マーサが同行。ベルントはさりげなくヘンリック様の後ろに控える。あちらは手が足りているので、心配しなくていいわね。
「ルイーゼのことなのだけれど、相談に乗って頂戴」
マルレーネ様は溜め息まじりに切り出した。先代王が甘やかしたお姫様は、この頃ようやく軌道修正を始めたばかり。我が侭を窘め、最低限の礼儀作法を身につけさせるため、厳しい教師を頼んだ。ところが、ルイーゼ姫は逃げ回っている。このままでは、先代王のようになってしまう。
マルレーネ様の心配は尤もだった。自分の我が侭を優先し、他人の迷惑を顧みない王族なんて害悪だもの。父親の振る舞いを見て、学んでしまったようね。ふと気になり、ルイーゼ様の周囲の人間関係を尋ねた。
「専属の侍女が二人、護衛の騎士が交代制で常に一人、それから……」
「大人ばかり、ですね」
そこが原因なのではないか、私が指摘すると驚いた様子で目を見開く。
「ルイーゼ様は王女殿下です。使用人や教師の方が地位が低く、当然ですが遜った態度で接します。遊ぶ友人を選んでみてはいかがでしょう?」
うちのレオンはまだいい。エルヴィンや双子が遊んでくれるので、我が侭な一人っ子にならずに済む。でもルイーゼ様の兄は国王陛下なので、遊んでいる時間はなかった。下の兄君ローレンツ様も、年齢が離れている上、性別も違う。遊ぶのは難しかった。
「レオンはどうかしら」
マルレーネ様のご提案に、私は首を横に振った。
「無理ですわ。年齢の近いご令嬢を探した方がいいでしょう。幼くても男女となれば、いずれ離れる必要が出てきます。仲良くなってからでは、辛いでしょうから」
時折遊ぶのは構わないが、共に成長する幼馴染みとなり、将来は側近として支えてくれる友人を見つけるべきだ。私ははっきりと言い切った。




