279.破れないスカートを選ぶ
王宮に降り立った私は、隣を見上げた。手が差し出され、当たり前のようにエスコートされる。
「ありがとうございます、ヘンリック様。本当に……よろしいのですか?」
「もちろんだ。部下にも連絡済みだぞ」
昨日のお仕事で、ある程度書類の処理を終わらせ、休むと伝えてきたらしい。休めないと言っていたのに、本当に平気かしら。問題が起きれば、お茶会に連絡が来るという。部下の方々を労う差し入れを検討しましょう。
後ろからレオンが叫ぶ。
「おかぁ、しゃま! ぼくもぉ!」
降りられないと訴えるけれど、同行したベルントが困ってるわよ。彼の差し出す手を拒み、抱っこを主張する。両手を伸ばす天使は可愛いけれど、執事に迷惑をかけるのはダメね。いけないことだと説明し、レオンを抱き上げた。そのまま抱えようとすれば、降りると言い出す。
もしかして、イヤイヤ期? でも全部が嫌な感じでもないわ。中途半端な反応に、レオンの好きにさせて様子を見ることにした。しっかり手を握り、空いた片手をヘンリック様へ伸ばす。反射的に掴んだヘンリック様が「これでいいか?」とレオンに尋ねた。
「うん」
素直に頷く。やっぱりイヤイヤ期とは違うみたい。案内の侍従について、私達は手を繋いだまま歩き出した。他の公爵家が集まる上、王族も参加する。夜会の帰りに渡された招待状には、参加者を申請するよう書かれていた。参加する側の自由度が高い。
今回はオイゲン様を預かっているので、シュミット伯爵家の皆は残ってもらった。レオンと二人で参加する予定だったけれど、ヘンリック様も参加する。知ったのは朝なので、大急ぎで伝令を出そうとした。そうしたら、自分で前日に手続きしてきたんですって。
「そのドレスも似合う、素敵だ」
レオンを挟んで歩くヘンリック様に褒められ、頬が赤くなる。ぼそぼそとお礼を言って、緩みそうになる口元を手で隠した。
若い貴族令嬢が好んで選ぶ、プリンセスラインのドレスは気恥ずかしい。既婚なのにいいのかしら。でも年齢的に、あと五年は着てもいいはず。腰を絞り、その下のスカートを一気に膨らませる。この形なら、レオンを抱っこするためにしゃがんでも、スカートが裂ける心配は不要よ。
本当の理由と、先日破けちゃった話は、ヘンリック様に秘密だ。さすがに恥ずかしすぎるし、リリーが内密に処理してくれた。焼却しますのでご安心くださいと真剣に囁かれてしまったの。すごく申し訳ないのと有り難いのとで、拝んでしまった。
膨らんだスカートが嬉しいのか、レオンはぼふっと顔を埋めて笑う。楽しそうでよかった。でも膨らみを抑えたデザインを選んだのに、これでもかなり場所を取るわね。レオンが遠くなっちゃうから、もう少し改良してもらわないと。




