277.お話がしたかったの
まだ泣いているオイゲン様の肩を、後ろからユリアンが引き寄せた。泣き顔を隠すように自分の胸元に押し付け、ぽんぽんと背中を叩く。体を捩る辛い体勢なのに、オイゲン様はそのまま泣き続けた。
貴族男性は、人前で泣いてはいけないと教わる。私は違うと思うの。ある程度威厳を示す場面では泣いたら困るわ。例えば戦場で陣頭指揮を執る時なんて、周囲が困惑しちゃうわよね。でも感動したり、嬉しかったりしたら、泣いてもいいんじゃないかしら。
人前で泣かないという縛りは、その子の個性も消してしまいそう。この辺は賛否両論あるでしょう。私はレオンが人前で泣いても、否定する気はなかった。もちろんエルヴィンやユリアンでも同じよ。
「ぼく、ちぁった?」
間違えちゃったのかも。不安そうに私を見上げるレオンは、自分の言葉で泣かせてしまったと思ったみたい。眉尻を下げて、困ったような顔をする。
黒髪を撫でて、二つあるつむじの間にキスをした。きゃっとはしゃいだ声をあげて、両手でつむじを隠す。可愛いんだから、もう。
「嬉しくても泣いちゃうのよ」
「ふーん」
理解していないけど、深く聞く気もないのね。レオンの興味は、なぜか自分の爪に移っていた。指先を突き合わせて何やらいじっている。いじける姿みたいだわ。
「どうしたの? レオン、私に教えて」
背中を向けて膝に座るレオンを抱き上げ、正面から向き合う。こつんと額を当てて近距離で見つめた。大きな紫の目が瞬いて、唇がきゅっと引き結ばれた。
「……おはにゃし、まだ?」
お話……ああ、いつもの報告会ね。それがないのが不満と訴える幼子をぎゅっと抱きしめた。背中に回そうとした小さな腕が、私の脇腹に添えられる。
「そうね、まだお話してなかったわ。後でお父様やお母様に、こっそり教えてくれる?」
「こしょり?」
「ええ、こっそり」
うーんと考えて、レオンは笑顔で頷いた。
「いぃよ」
猫みたいにくにゃりと柔らかくなり、幸せそうに声を立てて笑う。その姿をオイゲン様が凝視していた。ユリアンが話しかけると、振り返って何かを返す。ユリアーナはユリアンの隣に移動し、オイゲン様に声をかけた。エルヴィンはお父様と会話中だ。
不思議とバラバラだと感じなかった。一体感とは違う、不思議な居心地の良さがある。同じ部屋でそれぞれ好きなことをしているのに、お互いの存在を意識してるような。上手な表現が思いつかないわ。
「リア姉」
「ユリアン、言葉遣い」
「ちぇっ、あ……やめろ」
不満そうな態度をとったユリアンを、隣のユリアーナが叩く。ぽんと軽い拳が頭に落ちた。言い争いしながら、止める間もなく二人は取っ組み合いの喧嘩に突入する。私達は見慣れているけれど、オイゲン様は驚いていた。
貴族令嬢が拳を振り上げるのは初めて見たでしょうし、平然と反撃するユリアンの姿も衝撃的だったはず。シュミット伯爵家もケンプフェルト公爵家も、長い歴史とフォンの称号を持つ貴族なのに。言い訳のしようがない自由過ぎる状況を、家令フランクも執事ベルントも介入せず放置していた。
まあいいわ、取り繕ってもボロは出ちゃうから。ユリアンの友人なら、素で接しないと今後が大変だもの。




