272.夫の有能さの片鱗
夕食の前にヘンリック様が帰ってくる。一度相談しましょう。離れには、ベルント経由で連絡してもらった。いざとなれば、ユリアンはオイゲン様と離れに残るつもりのようだ。この面倒見の良さは、誰に似たのやら。
先に相談したフランクは、さほど心配していなかった。一時的に落ち込んだレオンを見ているが、今は元気に遊んでいるから、と。深く、心の奥まで傷ついたわけではないと考えたのね。こういう心の問題は難しいわ。外から見て平気そうでも、本心はわからない。
もし二人を会わせて、レオンが過去の恐怖を思い出したら? 心を入れ替えようとしているオイゲン様を否定するかも。両方にとって危険なのではないかしら。積み木で遊ぶレオンの隣で、私は不安と希望の間を行ったり来たり。
「あっ! おと!!」
ぱっと顔を輝かせ、レオンは積み木を置いて立ち上がった。確かに馬の蹄の音が聞こえた。もう少し距離が近づけば、馬車の音も届くはず。
「お片付けして、レオン」
貴族は使用人が片付けてくれるが、その苦労を知らない子供に育てたくない。嫌なことから逃げたり、他人の苦労を思いやったりできない子は嫌われるわ。
「あい!」
レオンは元気よく返事をして、先ほど積み木が入っていた箱へ一つずつ入れる。整理して入れる必要はないので、入れ終わるまで見守った。
「よくできたわ、お迎えにいきましょうね」
手を差し出せば、大喜びで握る。繋いだ手を振りながら、レオンは即興の鼻歌を披露した。聞いたことのないメロディが、子供特有の高い音で響く。玄関で並んで待った。
「おかぁしゃ、ま……だっこちて」
「いいわよ」
屈んだ途端、どきっとした。大丈夫、ぴっちりしたドレスじゃなくてワンピースだもの。腰回りに余裕があるから、破れたりしないはず。力を入れて抱き上げても、あの嫌な音はしなかった。ほっとする。
「戻った」
「おかえりなさいませ、ヘンリック様」
「おとちゃま、ちゃい」
あらあら、随分と省略したこと。着替えに向かおうとするヘンリック様を呼び止め、並んで歩き出す。ベルントを連れずに仕事へ向かったので、後ろから侍従が荷物を持ってついてきた。
気にせず、オイゲン様を預かった話をする。彼は離れにいるが、レオンは会ってもいいと口にした。いつも家族全員で食事を摂るため、その時はどうだろう、と。かなり早口になっていたと思う。
ちょうど部屋の前に到着し、足を止めたヘンリック様は眉根を寄せた。考える沈黙が怖い。ダメだと否定されるのではないか。返してこいと言われたらどうしよう。
「食事は別にしよう」
ヘンリック様によれば、食事は美味しく食べた方がいい。だから顔合わせを一緒に行うのは、反対のようだ。明日がいいが、王宮へ出向くので忙しい。明後日まで待たせたら、オイゲン様が気にするはず。だから今夜、団欒の時間でどうだ?
提案は合理的で、すんなり納得できた。やはり仕事ができる人は違うわね。頼りになるわ。
「そうしましょう」
ベルントがさっと動き、離れへ伝達される。先ほどお父様が帰る際に、ユリアン達への伝言をお願いしたわ。あの子達なら、オイゲン様が落ち込む暇もないくらい構うでしょう。
ほっとして肩から力が抜ける。ずしりとレオンの重さが腕にかかり、大きくなったと実感して嬉しくなった。




