270.額に入れる出来の良さだわ
お父様の前なので、叱るのはやめる。孫から貰ったと喜ぶお父様を悲しませたくないわ。一回目だから見逃すけれど、二度目をやったら叱りますからね。レオンは、もじもじと手を動かして目を逸らした。悪いと思っているなら、注意したら直りそう。
「おかぁ、しゃま。え!」
誤魔化す気かしら。気を逸らそうとする所作に、ぷっと吹き出してしまった。今回は見逃すと決めたから、何も言わずに微笑む。お絵描きの道具を、一緒に引っ張り出した。棚から出したクレヨンを、レオンは机の上に並べる。
マーサの用意した紙に、お礼を言ってクレヨンを握った。ご機嫌で棒線を引き、歪んだ丸を描く。ふと気になったのだけれど、絵の上手下手って遺伝かしら。もし遺伝なら、ヘンリック様も……不思議な絵を描くのかも。
想像したら頬が緩んだ。レオンの隣へ紙を置いて、私も色鉛筆を手に取る。前世の記憶から鉛筆と表現したけれど、実際は細いクレヨンね。手につきにくいので助かるわ。ささっと輪郭を取って、耳や特徴的な鼻を描く。確か、体は灰色だった。
鉛筆を斜めにして、薄く色を付ける。うん、よくできたわ。これなら誰が見ても、わかると思う。猫の時は微妙な反応されたもの。額に入れて飾るほどの出来の良さだわ。
「どうかしら」
「……ドラゴン、でしょうか」
「え? 違うのではありませんか。鼻が長い犬では?」
ベルントが首を傾げ、リリーが笑顔で間違う。お父様が覗き込み、うーんと唸った。
「なぜ犬だと?」
「だって四つ足です」
「たいていの動物は四つ足です」
リリーとお父様が失礼な会話を繰り広げる。むっとして答えを口にした。
「ゾウですわ」
「……言われてみれば、耳? らしき部分が大きい……でしょうか」
なんとか類似点を見つけようと頑張るベルントは、過去に絵本で見た生き物を思い浮かべた。マーサは我関せず、レオンのクレヨンを整理したり、交換の手伝いをしている。
「もういいわ」
きちんと描けたと思うのよ。少なくとも猫より特徴を捉えている。両側に数字の三に似た耳をつけ、長い鼻には皺まで描いた。顔も目がキラキラで、可愛いと思う。牙をつけたのがいけなかったかしら。
頭の部分を強調し、体を小さく後付けしたのがいけなかったかも。きっと大きな象のイメージじゃなかったのよ。理由に思い至り、納得した。仕方ないわね。
「おか、しゃま。ぼくも」
描けた! ご機嫌でレオンが絵を示す。色がたくさん踊っていた。この四つの丸は何だろう。花? でも大きいわよね。人の可能性もある。
「すごく楽しそうだわ」
色が多いので、そう表現して説明を引きだす方向にする。紫で描かれた丸を指差した。四つあるから、まずは左上から。
「お母様に教えて、これは誰?」
「おとちゃま」
ほっとする。やっぱり人だった。以前は棒人間を量産したけれど、最近は丸で人の顔を表現する絵も出てきたの。勘が当たったのが嬉しくて、陰で拳を握る。
「これ、おかぁちゃま」
右隣に私、それならやや小さい丸は、レオン? 尋ねたら大喜びで手を叩いた。当たったわ! 最後の一個は誰かしら。
「じゃあ、これは?」
「これ!」
まだ解いていなかった腕のスカーフを引っ張って、悲鳴のように甲高い「きゃぁあ」を発した。子供って突然叫ぶのを忘れていたわ。耳がツンとしちゃう。お仕事を任せられたのが、よほど嬉しかったみたい。
よくできましたと褒めて、お絵描きの道具を片付けた。




