269.悪い知恵はどこで覚えたの
レオンが起きる前に確認したドレスは、お尻のところに裂け目があった。引っ張って、溜め息を吐く。
「やっぱり太ったのね」
「このドレスの採寸から、しばらく経っておりますので」
作り直せば平気ですよ。そんな口振りのリリーに、眉尻が下がる。自分の腰をぽんと叩いた。やっぱり肉がついた気がするの。
「痩せた方がいいわよね」
「いえ!」
「このままで!」
マーサとリリーが口を揃えて否定する。その剣幕に驚いて、私は目を見開いた。彼女らによれば、コルセットなしでドレスが着られるほど細いのは不健康らしい。今後はコルセットで調整しましょうね、と笑顔で迫られた。
勢いに負けて頷き、窓の外へ目を向ける。ベルントの報告によれば、二人は離れで降りた。レオンはオイゲン様を怖がるかしら。会わせずに離れで預かってもらう手もあるけれど、できたら仲直りのチャンスを与えたいのよね。
でも、レオンが怖がったり泣いたりするなら、会わせたくない。複雑な気持ちを整理しなくては……。
「奥様、明日のドレスはどれになさいますか」
王宮でびりっとやるわけにいかないわ。ふんわりしたスカートのドレスを選んだ。色はラベンダーよ。ドレスを確認し、ベルント経由で王宮へ連絡が出された。色やデザインが重ならないようにするためね。王族とのお茶会は、事前の手配が大変ね。それなのに、二日後に設定なさるなんて。
マルレーネ様のお顔を思い浮かべ、ふふっと笑う。そのタイミングで、レオンが目を覚ました。濡れタオルで顔を拭いて、飛びついたレオンを受け止める。ちょっとだけ、後ろが突っ張ってないか確認してしまった。また破れたら格好悪いじゃないの、笑わないで頂戴。リリーに目配せし、おやつの手配を頼む。
「え!」
「もちろん描くわよ。何がいいかしら」
約束を守ってお留守番したレオンへのご褒美だもの。手を繋いで歩きながら、お部屋を移動した。今日はエルヴィンやユリアーナも離れにいるのね。なぜかお父様だけ残っていた。勉強部屋に入り、片付けをしていたお父様に挨拶する。
「じぃじ、おやちゅ」
「おお、分けてくださるのか。これは嬉しい。ありがとうございます」
運ばれたのは、おやつ用の干し果物だ。干すことで甘みが増すし、噛みごたえがあってお腹に溜まるわ。顎も鍛えられるおやつなんて最高よ。レーズンを摘み、レオンはお父様に分けた。
自分は……リンゴかしら。もしかして、好きな果物を食べて残りを人にあげていない? 私にはオレンジとレーズン。自分は絶対にレーズンを食べない。観察した私は、笑顔でレオンを手招きした。残しておいたレーズンを口元へ差し出すと、口が……開かない。
「あーんよ、レオン」
「んっ」
口を開かず、やだと表明する。やっぱり苦手な果物を誰かにあげていた。悪い知恵をどこで覚えてくるのかしらね。




