264.誤解は深まった気がする
ユリアンは、街でガキ大将みたいな振る舞いをしてきた。悪ガキに分類されるけれど、人の痛みを知っている子よ。自分で対処できると判断したのなら、あの子の選択を尊重したい。手に負えなければ、戻ってくるでしょうし。
それよりも、侯爵夫妻の方をなんとかしなければならないわ。どう説明したらいいか。年上の夫妻に、いきなり説教口調というわけにも……。
「ご子息はハンナ様を庇っていましたね」
連れ出された息子を追うべきか迷うハンナ様は、腰が浮いていた。隣の侯爵が肩を押さえていなければ、失礼を承知で立ち上がったかもしれない。
「なぜなの……私は突き放してしまったのに、っ」
子供は無条件で母親を信じる生き物よ。大切な母親が自分のせいで罰せられるなら、その罪を被ろうと考えた。嫌いと言われても、子供は母親を追うの。もう本能みたいなものだと思うわ。
泣き崩れるハンナ様を、侯爵が抱き寄せる。妻に対する愛情は感じるけれど、彼は息子に無関心過ぎた。接する時間が短いから? 他人事ながら不愉快になるわ。育児をすべて妻に任せ、社交も押し付けたのではないでしょうね。この世界では一般的でも、彼女の負担が大きいわ。
後悔して泣くハンナ様は、突き放したと口にした。きっと厳しい言葉を選んで、後悔しているのだろう。オイゲン様が部屋に閉じ籠った原因は、その辺にあるのかしら。
「侯爵様、普段からあのようにご子息に声をかけるのですか」
叱る口調にならないよう、深呼吸してから穏やかな声で尋ねる。不思議そうな顔をするから、自覚はないのね。
「あれでは叱責のように聞こえます。私がいるのに声を荒らげるのなら、普段からそうなのかと……」
気になった。第三者から見える現実を、侯爵に突きつける。思わず怒鳴ることはあるわ。過去に私もやったもの。でも侯爵はフォローをしなかった。声に滲んだ感情は嫌な感じではない。次男オイゲン様を、遠ざけようとしたのだ。
公爵夫人である私に再び無礼を働けば、厳しく罰しなければならない。成人してからではなく、一人で生活できない子供のうちに家を出す事態を招かないよう。叱って遠ざけたのよね。気持ちはわかるけれど、オイゲン様に伝わっていない気がした。
父親にも見放されたと勘違いしたのではなくて?
「誤解は早めに解いた方がよろしいですわ。ご子息はハンナ様に突き放され、自分がすべての罪を被って罰せられればいいと思っている様子。そこへ厳しい声をかけたら、誤解が深まってしまいます」
無言で聞く侯爵が何を感じたのか、私が考察する必要はない。私の育児方法や指摘は、過去の経験に基づいていた。けれど、間違っている場合もあるでしょう。子供は全員、個性がある個人で、一括りにできないのだから。
侯爵夫妻は互いに、貴族らしい距離感でご子息に接してきたはず。長男にその方法が適していても、次男にぴったりとは限らないの。ユリアンのあの構い方からして、おそらく甘えん坊なのではないかしら。
どこまで介入し、伝えたらいいものか。悩みながら、冷めた紅茶に口をつけた。




