263.リア姉のパクリだけど ***SIDE末弟
「なあ、この辺の部屋って使っていいか?」
「……ああ、客間だから誰もいないと思う」
育ちのいい貴族のお子様って感じだな。本当に危険な状況や怖さを知らない。粋がって悪ぶったって、平民に揉まれて育った俺が見る限りフリに過ぎない。
俺は普段エル兄のお下がりを着るが、新品のシャツを貰ったことがあった。浮かれて街へ着ていけば、攫われそうになるんだぞ。路地へ引きずり込まれた恐怖と、逃げ延びるのに足掻いた記憶は消えない。コイツはそんな怖さは知らないんだろう。
手近な部屋の扉を開け、カーテンが閉まった薄暗い部屋に入る。勝手にカーテンを開け、ソファーに座った。
「名乗っておく。俺はシュミット伯爵家のユリアンだ。お前……母親に構ってほしくてやらかしたんだろ」
ずばり本題から入った。
リア姉は甘い。いや、厳しい面もあるけど、根本的に優しかった。バルシュミューデ公爵家の茶会で騒動を起こしたら、実家が何か責任を負う。そんなこと、貴族の子供なら知ってるはずだ。レオン様ぐらい小さけりゃ、仕方ねぇが。
ティール侯爵家の次男坊、名前はオイゲンだったか。俺と同じか年上だろ? やたら体デカいし、この年齢なら知らないはずないさ。それなのにやらかした。あれって、拗ねたときのユリアーナと似てる。構ってくれと訴えるアピールだ。
母親が同行するお茶会なんだから、ターゲットはレオン様じゃなくて母親だった。リア姉がレオンを可愛がる姿に嫉妬して、絡んだんだろ。それで母親にこっぴどく叱られた。
ここまで話すと、オイゲンは驚いた顔で何度も瞬いた。言い当てられてびっくり、か?
「母親になんて言われた? お前なんか知らないとか、その程度だろ」
「その程度なんて言うなっ!」
まだ噛みついてくる元気はあるようで安心した。こないだお茶会で見た時より、すげぇ痩せてる。頬とか、骨がゴツゴツした感じだった。
「いいじゃん、母親がいるんだろ。恵まれてるじゃん」
鼻の奥がツンとした。やべぇ、説教垂れながら泣きそう。
「……え?」
「母親、生きてて罵ってくれるんだろ。羨ましいって言ったんだ。俺のうちはもう亡くなってるから、さ」
深呼吸して気持ちを落ち着ける。大丈夫、俺にはしっかりした兄も優しい姉もいる。父や妹もいて、不幸じゃない。でも……時々思う。どんなに姉が愛してくれても、母親に憧れるんだよ。ぎゅっとしてほしいんだ。
「困らせるなよ。俺も直接は知らねぇけど、母親は、見返り求めずに愛してくれる存在らしいぜ」
「でも……お前なんか私の子じゃないって……だから、俺……もう要らないのかと、って」
食事を拒んで部屋に閉じ籠ったら、許してもらえると期待した。もういいわと苦笑いして……なのに来なかったんだ、オイゲンは一気に吐き出した。ふんぞり返ったソファーから身を起こし、入り口付近でぐじぐじ並べるオイゲンの頭を、拳でぐりぐりと挟んだ。
「いてっ」
デケェ図体してるくせに、簡単に弱音吐きやがって。崩れるように座ったオイゲンに合わせ、俺も絨毯の上に腰を下ろした。
「痛いだろ。体の傷がこんなに痛いなら、心の傷はもっと痛いんだ。まあ、これはリア姉のパクリだけど」
ぽりぽりと頬を指で掻いて、俺はごろりと寝転ぶ。下から覗いたオイゲンの顔はくしゃくしゃで、涙に濡れていた。




