260.幸せかと問われたら
珍しく大人しいユリアンを乗せ、馬車に揺られる。同行した理由を尋ねれば、あっさりと白状した。
「だってさ、アイツ……反省してるんだろ? 貴族の事情はよく知らねぇけど、詫びて許されてもいいじゃん」
「……ユリアン、言葉遣い」
「ごめんなさい、リア姉様」
処世術も作法も身につけているのに、どうしても地が庶民なのよね。この辺は私の影響が強いから、叱りづらいわ。平民と交じって遊ぶことを許し、貴族らしからぬ豪快な子育てしちゃったもの。
ティール侯爵家から示された時間は、お昼の前後。我が家は出仕する旦那様の影響で、朝が早い。お陰で準備する時間は十分足りた。先ほど先触れも出している。結い上げた金髪で、真珠の髪飾りが輝いた。
「なあ、リア姉は……結婚して幸せか?」
突然の質問に、窓の外へ向けていた視線を戻す。何を言い出したの? しっかり目を合わせ、ユリアンは答えを待っていた。
冗談や酔狂ではなさそう。これは……お父様やエルヴィン、ユリアーナにも頼まれたわね? ふっと肩の力を抜いた。
「私はとても幸せよ」
結婚した当初なら違うセリフだったかもしれない。でも付け加える誤魔化しも、差し引く忖度もなかった。すごく幸せで、身も心も満たされているわ。微笑んで伝えた私に、ユリアンは笑顔になった。
「そっか、よかった」
「ほら、言葉遣い」
叱ったのに、なぜかおかしくて。二人でくすくすと笑い合った。お金はないよりある方がいいけれど、幸せの絶対条件じゃない。それを知れただけで恵まれていると思った。
ティール侯爵家の門をくぐり、馬車はゆっくりと減速を始める。アプローチを回り込み、停車した。御者台からベルントが降り立つ。隣にリリーが並び、私は声掛けを待った。
「奥様、到着いたしました」
控えめなノックの後、ベルントの声が聞こえる。開けていいと許可を出し、先に軽快な足取りで出て行くユリアンを見送った。すると、彼は振り返って、手を差し伸べる。
執事と弟……ここはエスコートを受けても平気ね。彼らしくない気取った顔に笑いを堪え、澄ました私が降りる。きちんと腕の高さを調整し、安定させるところは運動神経の良さかも。
「ようこそお越しくださいました。ケンプフェルト公爵夫人」
侯爵自らのお出迎えに目を見開くも、笑顔で応じた。
「直前のご連絡で、お騒がせしてしまったわ。侯爵夫人の体調はいかが?」
「お迎えに出られず、申し訳ありません。支度が終わる頃だと思います」
なるほど。奥様は慌てて準備中なら、侯爵が独断で訪問を受け付けたのね。家を守らなければならない上、女主人の社交は任せるしかない。ゆっくり準備して構わないと告げ、私とユリアンは庭を散策して待つことにした。




