254.生まれついての悪人はいない
お父様はエルヴィンと一緒に、社交に出かけた。苦手な社交を理由に離れるのは、ティール侯爵に気を遣ったのね。双子も一緒にどうかと誘われたが、ユリアーナは足が疲れたと断る。ユリアンは彼女への付き添いと、レオンを理由に首を横に振った。
レオンはランドルフ様と並んで座り、私の指先をちょんと掴む。おそらくティール侯爵が私をいじめに来たと思ったのね。お菓子にも手を伸ばさず、じっと私を見つめた。
「大丈夫よ、レオン。私は強いんだから!」
笑顔でそう伝え、安心していいと頭を撫でる。ヘンリック様は侯爵に頭を上げるよう伝えた。ここからは当主同士のお話……と思ったが、手を離してくれる気はないようで。
「アマーリアの意見も聞きたい」
「はい」
言葉に出して強請られたら、断れないわ。ヘンリック様がソファーに座り、腰に回した腕で私が隣に引き寄せられる。命じるように着座を勧められ、ティール侯爵は恐縮しながら腰を下ろした。
言い訳はしない主義のようで、ティール侯爵は淡々と息子の罪を詫びる。謝罪の場に妻子が同席しないことも重ねて頭を下げた。ふと気になる。
「あなた、少しよろしくて?」
ヘンリック様と呼びかけて、あなたと呼び変える。嬉しそうに頷く夫の単純さに、あらやだ可愛いと心の中で呟いた。さすがに口に出せないけれど。
「オイゲン様はどう仰っていましたか」
言い訳を口にしたのか、レオンを悪者にしたか。または素直に認めたのか。ここで彼の性格や性根が判断できる、と思った。ところが返答は予想外だった。
「帰宅後、部屋に閉じこもって一切反応しません」
「お食事は?」
「かろうじて、少量ですが」
言いづらそうな様子から、無理やり食べさせている可能性もあると感じた。いじめた側なのに、まるでいじめられた側のような反応だ。
「侯爵夫人のご様子は……」
「多少取り乱しておりますが、大事ございません」
躊躇いなく言い切られたことで、逆に確信してしまった。何かあるのね。
「謝罪を受け入れるか決めるのは、レオン自身です。当事者ですから、権利があります」
幼子だろうと、未来の公爵家当主だ。そう伝えれば、ティール侯爵は神妙な顔で頷いた。
「不当な罰は与えない。これは約束する」
心配になったのか、ヘンリック様が付け加える。ほっとした表情になった侯爵に、私の言葉が厳しく聞こえたのだと気づいた。レオンのことだから、少し神経質になっているのかも。
深呼吸して感情を落ち着け、できるだけ柔らかな口調で切り出した。
「侯爵夫人とご子息のオイゲン様にお会いしたいと思います。時間を作ってください」
「承知いたしました」
今度はきちんと真意が伝わったかしら。私に侯爵家の皆様を罰する気はなくて、心配しているのだと。ちらりと隣を見上げれば、ヘンリック様は微笑んで頷いた。
お茶会の日、騒動を大きくしないため、息子を守るため。侯爵夫人は咎められるのを承知で中座していた。変に思い詰めていないといいけれど。
「これ、うまいぞ」
「ん……おいちっ」
ランドルフ様が見つけたお菓子を、レオンと分け合っている。ユリアンも美味いと菓子を頬張り、呆れ顔のユリアーナがハンカチで頬の欠片を拭いた。仲睦まじい姿に口元が緩んだ。
どんな子でも、生まれついての悪人はいない。きちんと話してみましょう。それでダメなら、そのとき考えて対処すればいいわ。




