250.夜会は始まったばかり
楽しい時間は短く感じる。あっという間に夜会の準備を告げられ、マルレーネ様と別れた。すぐにお茶会に呼ぶわと言われ、バルシュミューデ公爵夫人のユーリア様やリースフェルト公爵夫人も一緒にとお願いした。
二人きりのお茶会も楽しそうだけれど、ユーリア様ともお茶会の約束をしている。リースフェルト公爵夫人はまだ親しく話していないが、とても穏やかそうな方だった。貴族女性の第一印象は当てにならないけれど、嫌な噂がないんだもの。きっと大丈夫だと思う。マルレーネ様も微笑んで、そうしましょうと頷いた。
控え室まで侍女の案内で戻ったけれど、もし一人で往復することになったら絶対に迷うわ。そんな話をしたら、ヘンリック様は肩を竦めた。王宮内は侵入者があった場合に備え、複雑な造りをしている、と。往路は複雑な道だが、復路は一本道に見えるらしい。確かに帰りの方が分岐点が少なく感じた。
小さな部分でも工夫が凝らされていることに感心し、起きたレオンの寝癖を手で撫でる。簡単に直らず、マーサが手早く整えてくれた。その間に私もドレスを一部変更する。ビスチェ部分はそのままに、スカートに一枚覆いをかける感じだ。一番面積の多いスカートに透けるレース素材を重ねることで、別のドレスのように装う。
他の貴族も多かれ少なかれ似たような工夫を凝らし、見た目を変えてくるのだとか。肩を覆っていたショールを外せば、さらに印象が変わった。ユリアーナは逆にスカートを一枚減らす。男性陣はカフスボタンを変更したり、クラバットの留め方を変えたり。顔周りの色や印象の変化で、着替えたように感じる。
成人していない子供の夜会参加は、普段ならありえない。今回は特別だった。ユリアーナやユリアンは、婚姻で伯爵家を出るか自分で身を立てるしかない。社交をしなかった影響もあり、あまり知られていなかった。少し早いけれど、他の貴族家と親しくなる機会だわ。
一人でお留守番させると可哀想だから、レオンは一緒に連れて行く。結局、一家総動員となった。ランドルフ様も、夜会でまた顔を合わせる。退屈になったら、控え室で遊んでいたらいいわ。そうなると、広い控え室はお誂え向きね。
「ぼく、あ、るく」
お友達が一緒と聞いた途端、しゃんとしたレオンは抱っこを拒否する。残念そうなお父様とヘンリック様に、くすくすと笑いが漏れた。立派な騎士様になったレオンと手を繋ぎ、ヘンリック様と腕を組む。ユリアーナはお父様のエスコートね。
夜会は爵位順の入場がない。到着した貴族から入り、主役である王族が顔を見せるまで、社交をしたり食事をしたり。自由に振る舞って構わなかった。子供達にせがまれ、料理を取りに向かう。
ここでは執事や侍女の同行が許されているため、王宮の侍従が取り分けた料理を運んでもらった。幼子の手を離せないから助かる。王族席がある壇上に近い一角に、応接セットが用意された。腰掛けてゆっくりとレオンに食べさせる。いつもと違う料理を口に入れるたび、両手で頬を押さえて「おいちっ」と喜ぶ姿が可愛い。
「アマーリア様、ご一緒して構わないかしら。こちらはリースフェルト公爵夫人のパウリーネ様よ、ご紹介したくて」
ユーリア様のお声がけに、私は微笑んで席を勧めた。お向かいに座る二人は麗しく、今日もお美しい。挨拶を交わした私の腰に手を回し、ヘンリック様が引き寄せた。どうなさったのかしら。




