249.不安で孤独な友人が愛おしい
マルレーネ様の侍女が迎えに来たので、私はさっと身なりを確認して付き従った。さすがに侍女を連れていくのは失礼なので、私だけ。ヘンリック様は心配そうだけれど、夜会まで休んでいてほしいわ。私だけでは到底、あの貴族の群れを捌けないもの。
レオンもよく眠っているので、マーサに任せた。侍女は途中で扉を二つくぐり、絨毯の色が違うエリアに入っていく。壁紙もよく見たら違うんだわ。同じ白だけれど、奥のスペースは乳白色だった。柔らかな印象を与える壁紙や絨毯は、どこか新しさを感じる。
「こちらでございます」
示された扉が開き、中から誘う声が聞こえた。
「アマーリア夫人、どうぞ」
「失礼いたします」
乳白色の柔らかな白が中心の部屋は、私的なスペースなのだろう。家具は白木が中心で、飾り金具は艶消しの金色だった。絨毯は深緑でカーテンは薄緑、濃淡で変化を生み出している。薄いオレンジのクッションが並ぶソファーは、白木と臙脂色の座面だ。そこへ腰掛けるマルレーネ様は、髪を結い直していた。
緑とクリーム色が中心の部屋に置かれた臙脂のソファーは、目立つのに不思議な調和をみせる。センスがいいのね。感心しながら、丁寧に挨拶をしてお祝いの言葉を述べた。二度目の促しに、ようやく腰を下ろす。
「レオンはどうしたの?」
「控え室に用意したベッドでお昼寝を」
「あら、ルイーゼと同じね。実はローレンツも疲れて眠ってしまったのよ」
おほほと笑いながら明かすマルレーネ様は、以前より顔色がよくなられた。血色がいいのはもちろん、肌艶も増している。ご子息が王位を継がれたんだもの、前陛下の不幸が陰を落とさなくてよかったわ。
「マルレーネ様がお忙しいのではと心配しておりましたが、元気そうなお顔を拝見して安心しました」
少し砕けた口調で話しかける。この方は本来、もっと自由な性質なのだろう。堅苦しい王妃や王太后の地位より、どこかの貴族夫人として好きに振る舞うほうが向いている。でもご自分の責務や立場を理解して、律しているのは見事だった。
友人という立場を許され、アマーリア夫人として親しくする私が「王太后陛下」なんて堅苦しい呼び方をしたら、泣いてしまいそうね。不敬にもそんな思いが過った。
「あら、堅苦しい言い方をして。自由にして頂戴。私とあなたの間で、不敬なんて存在しないのよ」
「では、そのように」
ふふっと笑い合い、子供達を含めた近状を交換し合う。ルイーゼ様はレオンと遊びたいようで、王宮に呼べないなら自分が出掛けると騒いだらしい。もうすぐ公爵家にも温室が出来るので、完成披露がてらお招きする約束をした。
バルシュミューデ公爵家のランドルフ様と仲の良いローレンツ様は、ユリアンの話を聞いて会ってみたいと口にしたとか。初めての友人エルヴィンに距離を取られるのではないかと、カールハインツ陛下が心配しているとか。
小さな悩みなのに、地位や立場が絡むと大きな問題に思える。それを母親同士で紐解いて、単純な出来事に戻していく。
ローレンツ様はユリアンやランドルフ様と遊んだらいいわ。ランドルフ様はレオンも誘いたいそうだから、ルイーゼ様もご一緒したらどうかしら。カールハインツ様に関しては、もう……エルヴィンと二人っきりにしてみましょう。きっと誤解も消えるから。
他愛のない話を終え、マルレーネ様は泣きそうな顔で尋ねた。
「私達、ずっとお友達でいられるわよね?」
当たり前なのに声に出して確かめたいくらい、この方は不安で孤独なのだわ。お気の毒に思いながら強気な言葉を選んだ。
「もちろんです。マルレーネ様が嫌と仰っても離れてあげませんからね」




