244.堅物の噂と違う公爵閣下
即位式は前国王陛下から、新たに王位を引き継ぐ者が王冠を受け取る。今回は先代が亡くなられたから、王妃殿下の代行となった。新国王になる王太子殿下は、国を守る決意を語る。ここで儀式自体は終了だった。
呼びにきた侍従について部屋を出た。ヘンリック様と腕を絡めた私は、嬉しそうなレオンに目を細める。息子を抱き上げるヘンリック様を見られるなんて、本当に幸せだわ。公式行事なのに、レオンを優先する姿は理想の夫だった。
「どうした?」
「いいえ」
父親らしくなった、レオンが嬉しそう。そんな言葉が浮かんで胸に満ちて、苦しいくらい膨らんだ。この幸せを言葉にしたら、崩れてしまいそうで。微笑みを浮かべて首を横に振った。しゃらんと髪飾りが音を立てる。
ヘンリック様の濃紺の正装は、金の刺繍と鎖が華を添える。差し色で瞳と同じ青を入れた。この色は私のドレスと同じだ。青をベースに濃紺を取り入れ、金刺繍が袖や裾に施されていた。金糸の入ったレースが肌を上品に隠す。肩の出るドレスのため、濃紺のレース編みショールを羽織った。
明らかにお揃いの服装だった。半ズボンながら、レオンもヘンリック様の正装に寄せたデザインだ。顔立ちがそっくりだから、子供の頃のヘンリック様と未来のレオンのような気がして、頬が緩んだ。本当によく似ているわ。
「こちらです」
「ケンプフェルト公爵夫妻、ご子息のご入場です」
筆頭公爵家である我が家は、貴族の中で最後だった。すでに大勢の貴族が集い、グラスを片手にさざめいている。壁際にお父様を見つけた。執事のベルントを含め、侍女もすべて控え室で待機となる。会場の広間にいるのは、王宮に勤める者と貴族のみ。
人々の注目を集めながら歩くヘンリック様は、堂々として立派だった。歩幅を合わせて、私を気遣うことを忘れない。子供を抱き上げている貴族は見当たらない。五歳未満は参加を断っても構わないため、幼子は連れてこないのだろう。
まだ三歳のレオンを抱き上げたヘンリック様は目立っていた。途中でリースフェルト公爵夫妻と挨拶を交わし、バルシュミューデ公爵夫妻と話し込む。退屈したのか、レオンが降りると言い出した。
「あにゃは? ゆん……える」
きょろきょろと三人を探すので、ヘンリック様に断って私達だけ移動しようとした。
「先にシュミット伯爵家と合流しますわ……」
「ならば俺も行く。また今度ゆっくり話そう」
え? 驚く間に話がついたらしく、今度お茶会でも……と切り上げられた。私と手を繋いだレオンが、空いた手をヘンリック様に差し伸べる。
「おてて」
「ああ、繋ごう」
ざわっと周囲が揺れる。ヘンリック様は仕事一筋で、堅物だと認識されてきた。実際、結婚前はそうだったし、結婚後もしばらくは噂通りよ。この変化を知らなかった人にしたら、公爵家同士の話を切り上げて子供を優先する姿なんて、驚いて当然だわ。
「あっちか」
壁際でグラスを持つお父様の姿に、ヘンリック様は歩き出す。二人の間でレオンが手を揺らしながら歩く。仲のいい家族をアピールしながら、レオンは笑顔を振りまいた。
なぜかしら、驚く人の姿に笑みが漏れてしまうわ。




