243.注意事項は伝えたけれど
ベルントは扉の脇に立ち、侍女達も壁際に控えている。何かの音か振動に反応したようで、ちらちらと廊下を気にし始めた。こういった公式行事は、爵位の低い者から入場する。上位者を長く待たせないのがマナーらしい。私にしたら、くだらないの一言だった。
先に入って友人と談話したい人もいるでしょうし、足腰が辛いからゆっくり入場したい人もいるはず。その人のペースで、式が始まる時間に間に合うよう集まったらいいわ。この辺はさすがに口出ししないけれど、このルールで行くと伯爵家の方が先に入場ね。
「ユリアーナ、お淑やかにするのよ。上手に振る舞えたら、綺麗な薔薇のお砂糖を瓶で購入してあげるわ」
「わかったわ、お姉様。任せて頂戴」
大きく頷く。彼女は淑女に憧れているから、相応に振る舞うでしょう。問題はユリアンだった。騒動を起こさないか、不安になる。
「わかっているわね? ユリアン。騒ぎを起こしたら……そうね、ピアノを取り上げます。二度と触らせません」
「はぁ……努力するけど、こないだみたいな場合は仕方ないよな」
「事情と言い訳は聞いてやる」
ヘンリック様が口を挟み、ユリアンはにやりと笑った。言質を取られた形になっている。意外と社交上手かもしれないわ。
「エルヴィンは落ち着くこと。フォン・シュミット家の名はあなたが思うほど重くないわ。気取らず謙らず、堂々としていなさい。自慢の弟なんだから」
「っ、はい! リア姉様」
ぽんと肩を叩き、力が入っていると示す。深呼吸したエルヴィンは、ぎこちなく笑った。三人の弟妹に注意事項を伝えたところで、レオンが袖を引く。遠慮がちについと引っ張り、こてりと首を傾げた。
「ぼくは?」
「ふふっ、レオンは大事なお役目があるの。私を守って頂戴。ヘンリック様も同じだけれど、小さな騎士様をしてくれるのよね?」
「うん!」
手を差し出すからしっかりと握った。ご機嫌で反対の手をヘンリック様と繋ぐ。小さな騎士様は真ん中がいいみたい。微笑ましさに使用人達の表情が和らいだ。
ノックの音がして、お父様が許可をだした。左側の扉が開き、式典用の制服を着用した侍従が恭しく一礼する。
「申し訳ございません!」
顔を上げて、はっとした彼は一度部屋を出てしまった。それから確認して扉を開き、怪訝そうな表情を浮かべる。
「繋がっていますが、シュミット伯爵家の皆様で間違いございません」
ベルントが助け舟をだした。公爵家が同席していたので、控え室を間違えたかと思ったのね。ベルントの説明で安心した彼は、失礼を丁寧に詫びた。逆に申し訳ない気がしてしまう。案内されて、四人が部屋を出た。見送るレオンは繋いだ手を離して、全力で手を振る。
ユリアーナもユリアンも、笑顔で振り返してくれた。エルヴィンは胸元で小さく手を揺らす。お父様は……両腕を目一杯振って出て行った。孫バカだったかしら?
「義父上殿は楽しい方だな。俺もあんな父親になりたい」
「努力なさっていますし、今も十分立派な父親です」
憧れを含んだヘンリック様の呟きは、私だけでなく使用人にも届いたようで。ベルントは笑みを浮かべて頷いた。




