239.貴族らしく着飾りましょう
即位式の日は、早朝から忙しかった。着替えて集まるまでに、肌を磨いたり髪を結ったり、身支度の作業が多い。早起きしたユリアーナも薄化粧を施すため、私の部屋に来ていた。先にご飯を食べるようレオンに伝え、マーサとヘンリック様に任せている。
ユリアンとエルヴィンは、お父様と一緒に食堂へ向かってもらった。支度を急ぐリリーが、何度かパンを差し出す。一口サイズのパンに肉や野菜を挟んでいるが、ソースはない。服の上に垂らさない工夫でしょう。物足りないけれど、仕方ないわ。
もぐもぐと咀嚼する間は化粧ができないので、髪を整えてもらった。宝飾品を身につけ、最後に化粧だ。パンくずが残っていないか確認する私に、リリーがくすくすと笑った。
「ご安心ください、奥様。綺麗に仕上げます」
「あなた達の腕を信じてるわ」
お茶会の支度で実力は知っている。お任せで言われるまま、目を閉じたり口を結んだり、逆に開いたりと忙しい。鏡の中の自分が仕上がっていくのを見つめる、なんて悠長な状況ではなかった。支度をする間、鏡と私の間に侍女が入ることも多い。
ほとんど確認できない私は、終わりましたの声で目を開いた。最後に色を載せた唇と目元に艶がある。前世のグロスのような輝きは、動物性の脂を利用しているらしい。気になる臭いもなかった。
「あら、美人に仕上げてもらえて嬉しいわ」
貴族女性にとって謙遜は美徳にならない。どの家もより外見のいい相手を選び、家格を合わせ、家同士の繋がりで結婚する。美形同士が結婚し続ければ、子孫は自然と眉目秀麗で生まれるの。あとは磨く本人の努力だった。
以前は庭の薔薇の実を煮出して化粧水もどきを作っていたが、今は上質な化粧品が揃う。毎日丁寧に侍女が磨いた肌は透き通るようで、厚化粧しなくても美しく整った。
「うわぁ、お姉様……すごく綺麗」
隣で支度をしていた妹ユリアーナの褒め言葉に。ほわりと笑みを浮かべる。鏡の中の美女が微笑んだ。ユリアーナは人形のように愛らしく、けれど冷たい印象にならないよう仕上げられていた。金髪のお人形のようだわ。
「ユリアーナも素敵よ、とても可愛いわ」
「それはそうよ、お姉様の妹だもの」
ふふんと胸を張るユリアーナは自信家だ。自分は可愛いと知っていて、振る舞いを相手に合わせて変化させる。末っ子ならではの愛想の良さは、微笑ましく感じられた。
「では待たせているから、急ぎましょうか」
ショールを用意し、バッグなどの小物を確認した。即位式は昼に行われるが、そのまま夜会まで宴が続く。控え室もあるが、着替えるのは王族ぐらいだろう。夜会でも問題ないよう肩を出した正装で、即位式ではショールやボレロで肩を隠す。
王妃から王太后になられるマルレーネ様から、お手紙をもらった。即位式の後、夜会の前に会いたいと。ヘンリック様にも手紙を共有し、レオンと一緒に三人で顔を出す予定にした。念の為に手紙をバッグに入れる。
ちょっと大きいわね。迷うことなく半分に折って、底の方へ押し込んだ。こういう時に使用する婦人のバッグは小さくて、本当に不便だわ。




