238.親子でそっくり
ヘンリック様は「あなた」と呼んでほしいのね。お父様は契約婚と話していないけれど、たぶん察していた。結婚式で花嫁を放置して仕事に戻った時点で、望まれた婚姻ではないと判断したでしょう。
この屋敷に来てしばらく、ヘンリック様は距離を置いていた。その姿も見て判断したと思う。歩み寄っていく姿も、レオンを中心に変わっていく言動も、すべて見守ってくれた。何も口出しせず、私の自由にさせたの。
とても有難いわ。領主としてのお父様は力不足で、いろいろと失敗した。でも父親としては頑張ったと思う。もちろん、貧乏生活は残念だったけれど。代わりに家族は団結したし、工夫して楽しむのも悪くなかった。
「義父上殿は知っているのか? 俺が、その……アマーリアと契約……」
「いいえ、何も話していないわ」
団欒を終えて寝室に戻り、不安そうに尋ねるヘンリック様へ否定する。実際、何も教えてないのだ。正直に答えれば、考え込んでしまった。
「父親としての勘じゃないかしら」
「自分で答えを見つけたのか、すごいな……俺もそんな父親になれるだろうか」
羨望の響きが混じる声に、私は肯定を返した。
「大丈夫、立派な父親に近付いているわ」
まだ足りないところがあっても、ヘンリック様は努力ができる。素直に人の意見を取り入れ、自分の行いを冷静に判断する聡明さもあった。だから断言できるの。いい父親になるって。
ほっとした顔になったヘンリック様の黒髪を撫でて、笑顔で待っているレオンの黒髪にキスをする。期待の眼差しで待つヘンリック様の額にも、唇を押し当てた。仲良く一緒に眠る。契約は変更され、閨ごとが可能になった。でも、ヘンリック様は待ってくれる。
レオンが落ち着くまで。私の気持ちが追いつくまで。酷な我慢をさせてしまうけれど、納得して受け入れたいの。傲慢な言い分なのに、ヘンリック様は頷いた。
互いに額にキスを交換し、レオンにもキスを降らせてベッドに入る。真ん中で眠る黒髪の天使は、嬉しそうに両手を私達と繋いだ。最近のお気に入りなのよ。
「こっち、おかぁ、しゃま」
左手を揺らす。それから右手を持ち上げてみせた。
「おとちゃま、こっち」
「ふふっ、もう眠る時間よ。お歌でいい?」
「ほん」
英雄譚を記した絵本がいい。いつもの本を片手で開き、先日の続きから読み始めた。丁寧に穏やかな声で読み進め、レオンの様子を窺う。目を輝かせて聞いていたレオンが、徐々に欠伸を始める。目をとろんと緩め、ついに閉じてしまう。それでも読み聞かせはもう少し。
寝た途端にやめると起きてしまう。寝息が深くなるまで読み、本を閉じた。視線を上げれば、ヘンリック様も寝ていた。レオンと繋いだ手を胸元に抱いて、口元を緩めて。黒髪も素直なところも、そっくりな親子ね。
この人は愛情を与えられずに、知らずに育ってしまった。いまの彼はレオンと並んで、貪欲に愛を吸収している。覚えたばかりの愛情を必死で私に捧げようとするけれど、まだ早いわ。もっとたくさん、自然に溢れるくらい浴びていい。
いつか、愛情が破裂するほど満ちたら……私に返して頂戴。そう囁いて、私も目を閉じた。よい夢がみられますように。




