237.準備の話が変な方向に
回復したエルヴィンは、休んだ分も勉学に励む。ヘンリック様が派遣したケンプフェルト公爵家の管理人は、シュミット伯爵領を取り戻してくれた。その領地を継ぐことになると聞き、エルヴィンは気合が入ったみたい。
「領民には苦労させてしまった。私の代の失敗を取り戻してほしい」
願うお父様に、任せてくださいと返したのは格好よかったわ。領地は引き続き管理人が目を光らせるので、ゆっくり領地運営を覚えたらいい。ヘンリック様はそう言ってくれた。お父様を騙して権限を奪った親族は、揃って罰を受けている。当然の結果なので、庇う気にもなれないわね。
私達が貧乏生活を強いられたことも、領民が不当な税を搾り取られたことも。すべて反省してほしかった。彼らの贅沢の証であった屋敷や宝飾品は回収され、領民の生活改善に活用する。いつかお詫びに行かなくちゃね。
「即位式の支度は終わったか?」
仕事から戻ったヘンリック様は、穏やかな声で確認する。挨拶のあと、受け取った上着はベルントに渡した。こういう事務的な会話は助かるわ。いきなり恋人同士みたいに振る舞うよう求められたら、困惑して固まっちゃうもの。レオンは繋いだ手をぶんぶんと大きく振った。
「ええ、レオンの希望で今回は青で揃えることにしましたの。シュミット伯爵家も同じ色です」
本当は、別の色を選んでもらう予定だった。でもレオンが首を傾げて「どちて?」と聞くんだもの。同じ色ではないのが不思議だったみたい。レオンにとって、お兄ちゃんやお姉ちゃんだもの。家族だから全員同じ色を望んだ。
拒む理由はないので、私は同じ青い絹を手配したの。お父様やエルヴィンはクラバット、ユリアンはサッシュベルト。ユリアーナはドレスの一部に青い絹を使う。ハンカチに使う刺繍糸も同じ色で統一した。
私は青い絹のドレス、ヘンリック様は裏地にもサッシュベルトにも使い、レオンは半ズボンの生地をお揃いにした。裾や襟に金刺繍を選んだけれど、シュミット伯爵家は銀刺繍にする。ここで少し違いを出した。
デザイン画を見せながらの説明が終わる頃、食卓に全員が揃う。円卓に揃った顔を確認し、運ばれた大皿料理を取り分ける。他の貴族家では行われないでしょうね。コース料理さながら、一人分ずつ運ばれるのが普通だった。
「いただきましょうか、ヘンリック様」
「……ああ」
今の間は何かしら。直前の言動を思い返しても、特におかしな点はない。心当たりがないので、レオンの世話を焼き始めた。
「ところで、二人の関係が変わったと聞いたが……」
げふっ、けほん……お父様の予想外の発言に、咳き込んでしまった。どこから聞いたの? 咳き込む私に、レオンが心配そうな声をかける。
「おかぁ、しゃま……くうしぃ? なでりゅ?」
たくさん話すと、言葉が崩れちゃうのね。気遣いが嬉しいけれど、ちょっと今は返事が無理そう。ゆっくり首を振って、止まらない咳で痛い喉に水を流し込んだ。
「義父上殿、俺とアマーリアはきちんとした夫婦だ。心配はいらない」
なぜか得意げに胸を張って答える夫に、そうじゃないわと思いながら長い息を吐いた。




