232.恥ずかしいの
君を愛して愛されたいんだ。突然の告白に固まった。話したいことがあると言われ、レオンを寝かしつけた後のこと。想像もしなかった発言に、頭はまったく働かない。
公爵夫人として最低限の社交をする代わり、解消できない結婚を望まれた。私の価値は、借金で逆らえない貴族令嬢だったはずよ。嫁いだら可愛いレオンがいて、夢中になった。使用人達が必死に守ろうとした宝に、私は愛情を注いだ。
弟妹を育てた経験も、前世のささやかな記憶も、レオンのために役立った。離れに家族を住まわせる許可をもらい、弟妹や父の生活を立て直す。今では歩み寄ってくれて、ヘンリック様に感謝しているの。
「俺を、許せない……か?」
ほんのり、お酒の匂いがする。でも呑まれた感じじゃないわね。悲しそうに眉尻を下げて目を伏せる顔は、レオンによく似ていた。親子だから当たり前なのだけれど、大きく成長したらレオンはヘンリック様にそっくりになるだろう。
手を伸ばして触れた頬は、じわりと熱を伝えてくる。結婚当初なら跳ね除けられたかしら。あの頃の冷たい態度を思い出し、ふっと頬が緩んだ。
「契約を見直すのですか?」
これはちょっとした意地悪だ。閨は共にしないし、社交も最低限のお飾り妻になれ。そう願ったのはあなたよ。
泣きそうな顔をしないで。私、レオンと同じその顔に弱いの。
「契約をやめてもいいが……その、離婚は絶対に応じない」
この部分だけは契約を続けたい。都合のいい言い分だけれど、なぜかしら。自分勝手で我が侭な振る舞いなのに、嫌ではなかった。それどころか、胸がドキドキする。何かが湧き起こるような、不思議な高揚感に包まれていた。
言葉を探す時、ヘンリック様は口癖のように「あの」「その」を挟む。子供みたいで可愛いと感じた癖が、誠実さの証に感じられた。嘘をつかずに伝えようとする仕草なのでは? と思ったら愛おしい。
「……っ、でも……」
今さら閨事は恥ずかしい。レオンの父親と同居した感覚だったのに、本物の夫になる。顔が赤くなるのを感じた。かっと熱くなるのではなく、じわじわと染まっていく。
「すぐは、恥ずかしい……の」
きちんと伝えてくれたヘンリック様に、正直な思いをぶつけた。きっと怒ったりしない。その予想通り、ヘンリック様は頷いた。
「お互いに話し合って、新しい家族のルールを決めよう。俺は君の本当の夫になりたい。レオンも交えて……」
「おか、しゃまぁ……」
突然割り込んだ幼子の声に、二人でびくりと肩を揺らした。目を見開いて固まったヘンリック様を置いて、私はぎこちなく振り返る。ベッドの上で目を擦りながら、レオンは大きな欠伸をした。起きてしまったのね。
「どうしたの? レオン」
普段と同じように振る舞えているかしら? 変な声になっていない? レオンに歩み寄ると、ふにゃっと崩れるように笑顔を作った幼子は手を握る。私の指先を掴んで、胸元に引き寄せた。
「レオン?」
呼びかけても返事はなく、すやすやと寝息を立てていた。邪魔されたというより、助けられちゃったのかも。離れない手をそのままに、私はベッドに潜り込んだ。
「アマーリア……」
「契約の条件変更は明日、明るい時間に行いましょうね。おやすみなさい……あなた」
ヘンリック様は夫になりたくて、一般的に妻は夫をこう呼ぶのよね。照れて掠れた呼び掛けに、ヘンリック様は「ありがとう」とお礼を返した。しばらくしてベッドの軋む音が響き、ヘンリック様も横になったのを知る。ぎゅっと閉じた目を薄く開き、すぐにまた閉じた。
なんて嬉しそうな顔で、私を見つめているのよ!




