221.天使の笑顔が復活よ
感情をまだ言語化できない幼子にとって、絵は吐き出すための手段になる。たくさん絵を描くよう促した。黙々とレオンは手を動かす。以前のように真っ黒に塗り潰したりしないから、大丈夫そうだけれど。
「これは?」
似たような原色の絵を数枚描いたあと、レオンはオレンジ色で動物を描いた。四つ足で……顔が丸くて三角の耳がある……どこかで見たような気がするわ。
「ねこしゃ……これ」
猫なのね! これと同じ、そう言って私の「びじゃぁ」顔の猫を指差した。上手ではないけれど、レオンに伝わるならいいか。
「別宅の猫さんかしら」
こくんと縦に揺れる頭と、そのまま動き続ける手。レオンは猫の体に縞模様を足した。茶トラ模様を描くレオンの様子に、愛玩動物を飼うのもいいかも、と考える。情操教育はもちろん、命の大切さを学べるわ。お世話をすることで責任感も生まれる。
「レオン、猫さん飼ってみる?」
「ねこ……しゃ? おうちの?」
「ええ、このお家の猫さんを探してお迎えしましょうか」
「やた!」
きらきらと目が輝く。以前のレオンはやっぱり隠れていただけね。顔を覗かせた子供らしいレオンの表情を曇らせないよう、微笑んで伝えた。
「でも猫さんを飼うと大変よ。おトイレやご飯、寝るところの掃除も、全部レオンのお仕事になるの。もちろん皆も手伝ってくれるわ」
じっと真剣に聞くレオンの手が止まり、紙に描かれた三匹目の猫は短い尻尾のまま。考えながら画用紙を眺め、レオンはこくんと頷いた。短かった尻尾が描き足される。
「ぼく、ねこしゃ……すりゅ」
猫さんのお世話をすると断言したレオンに笑顔で頷いた。
「ねえ、お姉様。私も飼いたいわ」
「僕は犬がいい」
「お父様に聞いてご覧なさい」
ユリアーナとユリアンが競って強請るが、家長はお父様なの。私が勝手に許可は出せない。シュミット伯爵家はお金がなかったから、愛玩動物を飼う余裕はなかった。今なら、何か飼えるけれど……離れを傷つける動物は嫌がりそう。
エルヴィンの生真面目なところ、お父様に似たのね。レオンはいつ猫が来るか、と尋ねてクレヨンを放り出した。
「あら、ちゃんと片付けて頂戴。今日は音楽の授業があるから、明日になったら猫さんを探しましょう」
フランクに頼んで、子猫を探してもらおう。本当はもっと暖かい時期の方が子猫は多いはずだ。それでも季節外れに生まれる猫もいるでしょう。誰かの飼い猫が生むなら、シーズン関係ないわよね。
やだ、私まで楽しみになってきたわ。手を洗ってお昼を頂く間も、レオンは猫のことばかり。ようやくお喋りな天使が戻ってきて、私は嬉しさに頬を緩めたまま午後を迎えた。




