220.エルヴィンは真面目過ぎるの
翌朝、すっきりと目が覚めた。あら……カーテンの外がやけに明るいわね。いつもより眩しい気がする。ヘンリック様は起きているが、ベッドに横になっていた。
「おはよう。アマーリア、レオン」
「おはようございます、ヘンリック様」
挨拶を交わす私達を、忙しく交互に見た後、レオンはへにゃりと笑った。
「おはよう、レオン。眠れたかしら?」
声をかけると頷き、起き上がって私の腹部に飛びついた。受け止めて黒髪を撫でる。少し寝癖がついているわ。手で梳いても戻らないので、マーサに任せましょう。額に触れたところ、昨日の熱はもう感じられなかった。一晩ゆっくり休んで、楽になったのかしら。
「おかぁしゃま。おとちゃまも、おぁよぅ」
まだ眠そうだけれど、起きた方が良さそう。ノックの音がして、ヘンリック様が入室を許可した。肩にショールをかけた私が身を起こすと、レオンが慌ててしがみつく。
「一緒に着替えましょう。ほら、こっちよ」
一緒という単語に、ほっとした表情でレオンが頷く。やはり口数が減っているわね。たくさんお話ししてくれるようになったのに、元に戻ってしまった。それでも笑えるならいい。天使の笑顔は健在だもの。
顔を洗い、着替えを済ませ、寝癖を直してもらう。マーサが慣れた手つきで黒髪を整える間に、私も大急ぎで化粧と髪結いを終わらせた。レオンが不安にならないよう、鏡に映る位置をキープした。
食卓に並ぶ朝食をいただき、今日の予定を確認する。音楽の授業はお昼寝の後に入っているが、それ以外は大丈夫そう。ヘンリック様は仕事が休みだと口にした。きっとレオンが心配なのよ。すっかりお父さんになったわね。領地関係の書類が届いたので、ヘンリック様は執務室へ向かった。
レオンと手を繋いで勉強部屋に顔を出せば、ユリアンとユリアーナが文字の勉強をしていた。エルヴィンの姿は見えない。勉強が大好きな子なのに? お父様に尋ねると、今日は体調不良で寝ているらしい。
「昨夜、一人で反省会をしていたようだ。なかなか眠れなかったのだろう」
半分は寝不足で、残りは疲れと悩みすぎの頭痛。肩をすくめるお父様に、なるほどと納得した。エルヴィンは生真面目な子で、悩みすぎてしまうのが欠点だ。過ぎたことをいつまでも考えてしまう。ああすればよかった、こうしたら避けられたと一人で悩んだのでしょう。
「あとで果物を届けさせるわ」
リリーに伝言を頼んだ。この季節なら甘酸っぱい柑橘類がいいわね。ユリアンが書いた文字の間違いを、隣のユリアーナが指摘する。
「ここ、突き抜けたらダメよ」
「そうだっけ? ああ、ホントだ」
仲良く勉強する二人を見て、レオンはちらりと部屋の一角に視線を送る。お絵描きの道具がある辺りね。
「レオンも絵を描く?」
「……うん」
二人で一緒に準備をして、並んで机の前に座った。絵を描き始めると、残念な猫が「びじゃぁ」と鳴きそうな顔でこちらを見ている。おかしいわ、描いた通りの絵じゃない。描き直す隣で、レオンはクレヨンをがしゃがしゃと動かした。
いつもと違う動きに首を傾げ、レオンの手元を覗き込む。黒で何人か描いた紙に、赤と青が散乱していた。隙間を片っ端から塗り潰している。
「レオン、これは誰?」
「……らなぃ」
知らないと首を横に振り、むっと唇を尖らせる。そういえば、トラウマの判断に絵を描かせる手法があるとか。前世に聞いた話がよぎった。




