219.狭くて小さな世界の中で
夕食時に、お父様から同行すればよかったなと謝られた。絨毯の部屋にユリアーナが来なかったのは、着替えがてらお父様に説明していたのね。気にしないよう伝え、すべては明日以降にしましょうと話を打ち切った。
誰かが謝り始めると、全員が交互に謝る事態になるんですもの。キリがないわ。今回の事態は誰か一人が悪いのではなく、ある意味、予想済みの洗礼みたいなものだった。人間同士が集まれば、派閥ができて対立する可能性がある。それが子供なら、好き嫌いを表に出すので衝突しやすかった。
多少の喧嘩は予想していたのよ。それでぶつかって、最終的に仲直りして友人になれたら問題なし。軽く考えたのは、前世の記憶が大きい。でも、爵位がない世界とは違うわよね。ユリアン達が平民と仲良く遊んでいたから、私の中で地位は重要視されなかった。
甘かったわ。立場や爵位を振り翳して、周囲を巻き込むパターンもあるのね。子供の喧嘩なのに、家同士の問題に発展する恐怖は大きかった。ティール侯爵家の奥様、悩みすぎないといいけれど。早めにご連絡して会う手配をしなくちゃね。
お風呂に入る時も、その後の就寝までの時間も、レオンは私にべったりだった。離れそうになると、必死で掴む。その手を振り解くことができなくて、ついにおトイレまで。手を繋いだまま、扉を半分閉めて入ることになった。ヘンリック様が代わろうと申し出たけれど、レオンが嫌がる。
このままになると困るが、数日なら構わないわ。まだ甘えて泣いてぐずる年齢だもの。怖い夢を見たり、恐ろしい思いをしたり、その度に甘えればいい。手を繋いでベッドに横になり、普段はそれでいいのに……もぞもぞと上掛けの中を移動してくる。
無言で見上げて訴えてくるから、いいわよと微笑んで抱きしめた。胸元に顔を埋め、レオンはようやく目を閉じる。向かいでこちら向きに寝転がったヘンリック様が、へにゃりと眉尻を下げた。
「よほど怖かったのだな」
「ええ。子供の世界は狭くて小さいですから。知らない子がずかずか入り込んで壊したら、心がヒビ割れてしまいます」
レオンが特別に繊細なのではなく、子供は誰もが敏感で臆病なのだ。周囲の変化に怯え、平和で居心地の良い環境を守ろうとする。防衛本能は、知らないものを拒絶することもあった。人見知りもその一例ね。成長すれば徐々に緩和され、変化を受け入れて楽しむようになるけれど。今はまだ早い。
小声でそんな話をする。ヘンリック様は「そういうものか」と受け止めた。本当に素直でいい子なんだから……ふふっと笑い、私はレオンの黒髪を何度も撫でる。羨ましそうな視線に気付き、手を伸ばした。素直に頭を差し出され、よく似た髪質のヘンリック様も撫でる。
「今日はありがとうございました、ヘンリック様」
「おやすみ、アマーリア」
おやすみなさいと返しながら、目が閉じていく。やだ、自分で思うより疲れていたみたい。完全に意識が落ちる前、額に触れた柔らかな温もりに心がざわついた。




