217.ご迷惑ばかり掛けたわ
リリーとマーサが控える部屋で、レオンをしっかり休ませることができた。目が覚めたレオンは、珍しくぐずる。いつもと違うけれど、当然よね。いつもと違う状況に置かれて、混乱したんだもの。抱きしめてぽんぽんと背中を叩く。向かい合う形で体が触れる面積を増やして、レオンは無言で訴えていた。
傷ついた、怖かった、優しくして、と。甘えてくれるのが嬉しいわ。ぐりぐりと動く頭が鎖骨を擦る。黒髪が触れると擽ったくて、胸がじわりと温かくなった。ただただ嬉しくて、心が満たされる。
「奥様、旦那様より伝言を預かっております」
リリーが小声で確認する。起きたら伝えるように言われたのだろう。頷いて聞くと示せば、彼女はレオンにも聞こえる音量で話した。この気遣いはすごい。聞こえないよう話したら、レオンが気にするもの。
「エルヴィン様からお話を伺うそうです。その次はユリアン様となります。同席の是非を気にしておられました」
ということは、当事者は下げたのね。帰らせたのかしら。今の状態で私が行けば、レオンも一緒に行く形になる。当事者がもういなくとも、あの出来事を聞かせるのは可哀想だわ。恐怖や悲しさが蘇るかもしれない。
「行かないと伝えて。それから……バルシュミューデ公爵夫人ユーリア様に伝言があるの」
今日のお詫びに、我が家でお茶会をするから来てほしいこと。ランドルフ様が頑張ってくれたこと。お礼や感謝を散りばめて、伝言を頼んだ。
斜めに視線を落とせば、ユリアーナはまだ眠っている。さらに顔を上げれば、長椅子でこくりこくりと動く金茶の頭があった。ランドルフ様、ずっと長椅子にいたのね。一緒にベッドでお昼寝しても、ユーリア様には黙っていたのに。
ふふっと笑い、ユリアーナを起こした。帰るのはもう少し先だけれど、身支度があるものね。それに寝顔を見られると恥ずかしいだろうから、ランドルフ様より先に起こしてあげたい……あら、でも逆の方がいいかしら。
ランドルフ様も守っていた形を整えたいわよね。どちらが先か迷っている間に、ユリアーナが目を擦った。傷になる前に手を掴んでやめさせ、マーサに用意してもらったタオルで顔を拭かせる。この年齢はまだお化粧をしないから、タオルで拭いても平気なのよね。
「おか、しゃま」
「なあに? レオン。お母様はここにいるわ」
見上げてくる紫の瞳が潤んでいる。もしかして、熱があるのかも。額を触れるが微妙な感じで、黒髪を持ち上げて額同士を合わせた。触れた途端、ほんのり温かい。子供の方が体温が高いとしても、微熱がありそう。
「マーサ、ちょっといい? レオンが微熱みたいなの」
「失礼致します」
乳母のように面倒を見るマーサは、レオンの頬で温度を確かめて頷いた。
「今夜はお熱が出ると思います。早めに帰られた方がいいかと」
「リリーが戻ったら、準備をしましょう。ヘンリック様の方も、その頃には一段落すると思うわ」
起きて話を聞いていたランドルフ様は、長椅子から降りて近づいた。手が届く手前で止まり、首を傾げる。
「レオン様、具合が悪いのか……元気になってまた遊ぼうな」
兄弟に向けるような、気安い口調だった。レオンに直接話しかける彼に、もそもそと動いたレオンが振り返る。小さく頭を縦に振り「うん」と承諾した。ほっとした顔のランドルフ様にお礼を伝え、その間にユリアーナが支度を済ませる。
お暇する前に、ユーリア様へご挨拶をしなくちゃね。




