212.バルシュミューデの未来の騎士
廊下に出れば、ランドルフ様が姿勢を正して立っていた。学校で忘れ物をして、廊下に立たされた罰を思い出すわね。大人になる頃には、子供に対する体罰だと騒がれて禁止になったのよ。
「ランドルフ様、お願いがありますの。レオンやユリアーナ、それから私を守ってくださる?」
「はい!」
騎士を目指すランドルフ様は目を輝かせ、案内役の執事に視線を向ける。バルシュミューデ公爵家の執事は、穏やかな口調で奥様の許可が出ていると伝えた。案内する彼の後ろにつき、ランドルフ様は気取った仕草で手を差し出す。
久しぶりに抱っこしたレオンが、降りると騒いだ。友達の前で恥ずかしがっているのかも。下ろしたら、私と手を繋ぐ。反対の手をユリアーナに伸ばした。私の空いた手は、バルシュミューデ公爵家の誇り高き未来の騎士に託される。
廊下が広いし、大人一人に子供三人だから大丈夫よね。四人で横に広がって歩いた。案内されたのはすぐ近くにある客間で、扉を開くとマーサとリリーが一礼する。廊下で待機していて、声を掛けられたらしい。
「レオンを落ち着かせたいの。ベッドをお借りするわね」
長椅子よりゆっくりできるだろう。ケンプフェルト家も同じだが、大きなお屋敷にはベッド付きの宿泊用客室と、応接室に似た客室が完備されている。以前のシュミット伯爵家も、ご先祖様のお陰でやや大きめの屋敷だった。使わない部屋の掃除に手が回らず、客間は全滅だったのよね。
使えない客間がないところが、お金持ちの証だわ。手配してくれた部屋が宿泊用なのは、幼い子供への配慮でしょう。有り難く受け取り、レオンをベッドに寝かせた。靴を脱がせ、胸元を緩める。
ベッドの端に座った私の指先を、遠慮がちに握った。きゅっと力を込めて、行かないでと訴える。でも口は引き結んだまま。昨日までなら、可愛い声で強請ってくれたのに。悲しくなりながら、レオンの黒髪を撫でた。露わになった額にキスをする。
くすぐったそうに笑うレオンに微笑みを返した。
「私もヘンリック様も……あなたを愛しているわ。レオン」
だから、今まで通りにお話しして。そう付け加えたくなる。余計な部分を呑み込み、今はまだ早いと自らに言い聞かせた。混乱させてしまうわ。少し待ってから、促すようにしましょう。心の傷を小さくするには、大きく引き裂かないことが大切よ。
ここで声を聴かせてと頼んでしまえば、レオンは応えようとする。自分を責めてしまう優しい子だから、無理をさせたくなかった。
あの伯爵令息の話は気になるが、自己弁護に終始するなら後で結論だけ聞けば足りる。レオンを放置して聞く内容とも思えなかった。
「お姉様、ユリアンは……怒られちゃうの? 悪いことをしていないわ。レオン様を助けたかっただけで……」
泣きそうな声に、こちらにも傷つきやすい子がいたのだと思い至る。普段はおしゃまで活発な子、家族思いな一面があり涙もろい。振り返った私は目を丸くした。涙を流すユリアーナへ、頬を赤く染めたランドルフ様がハンカチを差し出す。紳士的な行為に、ユリアーナも顔や耳を赤くしていた。
愛の芽生える瞬間に、立ち会ってしまったのかしら。




