207.一対三の大立ち回り
「失礼します。通してください」
私の前を進むエルヴィンが、大人に声を掛ける。振り返って私を見た人は、慌てて道を空けた。足をケガして療養したことも、今回の騒動の関係者であることも、この場の貴族は知っている。掻き分けることなく、モーゼの十戒さながら一筋の道が現れた。
「ユリアン!」
叫んだエルヴィンが、後ろから殴り掛かろうとした少年を押さえる。が、今度はエルヴィンが殴られそうになり、ユリアンが腹部に飛び蹴りをした。うちで一番運動神経がいいのはユリアンで、その才能を遺憾なく発揮した形ね。
飛び蹴りされた子は、泣きながら蹲った。これ以上反撃はなさそう。残るは二人、エルヴィンと並んだユリアンを睨んでいる。最初は一対三だったの? 無謀な子だわ。頼もしい反面、呆れも浮かんで足を止めた。
「こ、公爵夫人……これは、その」
子供達のうち、誰かの親なのか。ご夫人が一人声を掛けてきた。私は大きく溜め息を吐き、ポンと手を叩く。近くにいるものの、ヘンリック様は手を出さなかった。レオンはヘンリック様の襟をきゅっと握り、困ったような顔をしている。
「ここまで。ユリアン、エルヴィン……引きなさい」
「はい、お姉様」
「いやだ! あいつらが謝るまで許さない!」
素直に一歩下がったエルヴィンと違い、拳を握ったユリアンは厳しい表情だった。叫んだ声に滲む感情は怒り、悔しさ。苦しそうに吐き捨てた声は、なぜか泣きそうだと感じた。
「ユリアン、お願いだから下がって」
「ちゃんとレオン様に謝らせるか?」
「ええ、もちろん。双方の話を聞いてから、必要な謝罪は求めるつもりよ」
ざわっと周囲が揺れた。双方の話を聞くなんて、貴族には珍しいでしょう。でも我が家では当たり前に行ってきた。故に、ユリアンが構えを解く。そこへ、少年の片方が飛びかかった。待っていたとばかり、ユリアンの蹴りが鳩尾辺りに食い込む。
「ユリアン……」
呆れを滲ませた声に、振り返ったユリアンは肩をすくめた。
「俺が引いたのに、あいつが出てきたんだ」
「間違っていないから、今の件は怒らないわ」
やり過ぎだけど、正当防衛でしょう。向こうの少年達は、全員ユリアンと同じか年下だ。ただ幼い頃の食糧事情が響いて、エルヴィンを含めて弟妹は小柄だった。見た目は年下に喧嘩を売り、こてんぱんに伸された状況に見えるのよ。
周囲からも不満の声があがらないのは、ユリアンが小柄で実年齢より幼く見える影響が大きいはず。
「事情を聞きます。ご両親と当事者はあちらのテーブルへ。これでよろしいでしょうか? アマーリア様」
「ありがとうございます、ユーリア様。騒がせてしまってごめんなさいね」
追いついたユーリア様の提案に頷き、軽く謝罪をした。きちんとした謝罪は後で構わない。今は拗れた状況を解く方が優先だった。
「ヘンリック様もいらして。レオン、よく頑張ったわ。さすがはヘンリック様と私の子ね」
泣かなかったことを人前で口にする必要はない。レオンはくしゃっと顔を歪めたが、目を閉じて堪える。そんなつもりはなかったけれど、私が泣かせそうになっちゃったわ。




