205.意地で堪えるレオンの涙
子供同士の喧嘩で、自分達で解決できるなら手を出さない。けれど尊厳や誇りを傷つける言動があれば、親が止めてもいいと思うわ。息を呑んで見つめる先で、レオンはずずっと鼻を啜った。睨みつけているから、泣いていないのかも。
唇を尖らせたレオンの手を握るランドルフ様は、厳しい表情だった。次男でも公爵令息として育てられる以上、格下に舐められる状況は避けたいはず。走ってくるのが早かったエルヴィンは、自分より背の低い子供達を見下ろした。
身長差を利用して、取っ組み合いにならないよう邪魔するつもりみたい。イライラした様子のヘンリック様は、何度も私に確認する。顔と視線を向けて、助けてもいいかと問うてきた。まだ早いわ。
「いまの発言を謝れ。レオン様に失礼だぞ」
どうやらレオンが何か言われ、ランドルフ様が庇った形ね。このまま収まるか……見守る私達の様子に気づいたのか、各テーブルから大人が視線を向ける。ある女性が悲鳴をあげて立ち上がった。慌てて駆け寄り、体格のいい少年を引っ叩く。
「何をしているの! 今日は大人しくするよう言ったでしょう」
腕を掴んで引っ張るが、少年の体格もバカにできない。か弱い貴族女性の力に抵抗した。困ったご夫人が別の貴族に頼み、ようやく引き離す。そのまま、あたふたと退出してしまった。
見送った私の肩から力が抜ける。取り巻きらしき少年達も、参加した親に叱られていた。だが唇を尖らせたり、文句を言ったりしている時点で、反省はしていない。
ヘンリック様が駆け寄り、レオンを抱き上げた。肩に顔を埋め、それでも泣かずに我慢している。ランドルフ様は心配そうにしながら、エルヴィンと戻ってきた。
「何があったのかしら」
不安の滲むユーリア様の声に、私も似たような声で返した。
「聞いてきますわ」
レオンは泣きそうな顔をしながらも、ぐっと我慢している。私が膝に乗せようかと手を伸ばしたら、ヘンリック様は首を横に振った。
「男の意地だ」
私が抱きしめたら、泣き出してしまうのね。頑張って堪えているのなら、この場で涙を流す必要はない。ポケットからハンカチを取り出し、ヘンリック様はレオンの顔を拭いた。あくまでも鼻水を拭ったフリで、目元も一緒に触れる。
「エルヴィン、何があったの?」
「あなたが付いていたのに、何があったの。ランドルフ」
私とユーリア様がほぼ同時に、同じような質問を発した。エルヴィンとランドルフ様は顔を見合わせ、揃ってヘンリック様を見る。いえ、違うわ。抱っこされているレオンを気遣っているのね。
「ヘンリック様、少しお花摘みに」
「私もご一緒させてくださいませ」
二人で席を外すと言い残し、エルヴィン達を連れて離れた。泣かずに我慢するレオンの前で、傷つけられた話をするのは残酷だわ。ユーリア様のご厚意で、客間の一つをお借りした。
「さっきの奴らが、俺とレオン様に話しかけてきたんだ。それで、返事をしたレオン様を……馬鹿にして笑った」
その辺は後から駆けつけたエルヴィンも知らないので、眉を寄せて不快さを示す。ランドルフ様は悔しそうに唇を噛んだ。




