203.案ずるより産むが易し?
不安だわ。レオンは私がサポートするし、エルヴィンが双子を見てくれる約束だ。淑女教育と聞いて、おしゃまなユリアーナは真面目に取り組んだ。教えていたイルゼやリリーが驚いたくらいよ。
公爵家の使用人は、貴族家の出身者ばかり。下女や馬番などは平民出身者もいるけれど、侍女や侍従は貴族家の嫡子以外が一般的だった。伯爵家出身者も多くおり、中には侯爵家の教育を受けた者もいるほど。
真剣に習ったユリアーナは、問題なしのお墨付きをもらえた。ところが逃げ回るユリアンは、及第点ギリギリ。一日目は逃げられたので、二日目からはピアノを弾く交換条件にした。きちんと覚えなければ、ピアノを取り上げると言ったの。
お陰で、昨日は真剣に取り組んだけれど。間に合ったかしら。馬車に揺られながら、私は溜め息を吐く。
「どうした?」
向かいのヘンリック様に心配された。というのも、馬車に乗ってから三度目の溜め息だもの。気にしてくれと言っているのも同じね。悪いことをしてしまったわ。
「いえ……ユリアンのことが心配で」
エルヴィンが庇える範囲で収まるかしら。そう伝えると、ヘンリック様は膝に乗せたレオンの黒髪を撫でながら、うーんと唸った。やっぱり不安よね。
「俺が思うに、ユリアンは意外と正義感が強い男だぞ。真っ直ぐで、勇敢だ。あの年齢なら、元気すぎるくらいでいい」
ご自分は元気すぎる時間を楽しめなかったのに、認める度量はある。なんともチグハグな印象がした。ただ、ヘンリック様は安心しろと伝えたいらしく、その不器用さに頬が緩んだ。
そうね、騒動を起こす前から心配しても仕方ないわ。何かあれば、その時々に対処すればいいんだもの。公爵であるヘンリック様も一緒だから、ある程度は押し切れる。権力はこういう時に活用しなくちゃ。
少し気が楽になった。
「もう少しあの子を信じてみます」
「そうだな」
「ぼくも!」
よくわからないが、大人の話に加わりたい。レオンは勢いよく手を上げた。危ないわ、ヘンリック様の顎にぶつかるかと思った。さっと避けたヘンリック様は、にやりと笑う。どうやら、やりそうと思っていたみたいね。
目の色は違うけれど、黒髪の親子はよく似ている。可愛いレオンと、未来の姿のようなヘンリック様。目の保養だわ。
「到着したな」
ヘンリック様の言葉と同時に、馬車はゆっくりと停まった。外側からノックがあり、内鍵を外す。先に降りたヘンリック様は、左腕に軽々とレオンを抱いている。右手を差し伸べられ、素直に受けて降りた。
顔を上げた先には、立派な屋敷がある。ケンプフェルト公爵家より新しく、重厚感のある造りだった。石造りの屋敷は、大量の蔦が巻き付いて小さな花を咲かせている。今が一番綺麗な季節かしら。
尻込みせず、参加を決めてよかった。はしゃぐレオンを真ん中にして、手を繋いで歩く。出迎えるバルシュミューデ公爵夫妻に一礼し、後ろに続く三人も及第点以上の挨拶をした。案ずるより産むが易し、かしらね。




