192.黒い鳥の封筒が一通
国王陛下は現在、離宮で暮らしている。そう聞いていた。そこに舞い込んだのは、崩御の一報だった。黒い鳥のスタンプが押された封筒は、不幸があったことを示す。夕食後の団欒中に持ち込まれた手紙に、お父様や弟妹も無言になった。
「そう、お亡くなりに……」
自分勝手で嫌な人でも、亡くなったのに悪く言うのは気が引ける。日本人だった過去が、そうさせるのよね。こちらの世界では、そういった風習はなかった。ヘンリック様はようやく身軽になったと安堵の息を吐く。次代のカールハインツ様を支えるにしても、今までよりやり甲斐がありそう。
「死因は……食中毒だな」
「毒見役の方はご無事なの?」
もう一人不幸があったのでは? と心配になって問う。すると意外な答えが返ってきた。
「もう退位される身ゆえ、毒見はつけなかったらしい」
潔いのかしら? でも毒殺じゃなく、食中毒だなんて。まあ、他に犠牲者がいなくてよかったわ。
「カールハインツ様の即位がもうすぐだ。この件は、公爵家までに留める。即位式の後、身内だけで送別を行うとある」
「ヘンリック様はどうなさるの」
身内という表現なら、再従兄弟は含まれるだろうか。妻の私は行かなくてよさそうだけれど、マルレーネ様の様子も気になる。
「行く必要はないな。マルレーネ様からの追伸が入っていた。お茶会は予定通りに来てほしいと」
折り畳んだ手紙の一番下に追記された部分を見せられ、読み上げた通りの文章に頷く。きっと気持ちが乱れておいでなのね。友人として、ここはしっかり支えないと!
「わかりました、お伺いしますと返信してください」
「るぅ? ぼく、いけうの?」
ルイーゼに会いに行けるのかと不安がるレオンに、会いに行くのよと話した。マルレーネ様次第だけど、幼いレオンに不幸を知らせる必要はない。
「我々は聞かなかったことにしよう。いいね? エルヴィン、ユリアン、ユリアーナ」
一人ずつ念押しするお父様に、三人は神妙な顔で頷いた。うっかり国家機密を知ってしまったみたいに、挙動不審だわ。ピアノやバイオリンを教えてもらうのは、少し先になることも説明した。素直に受け止めるが、ユリアンが表情を曇らせる。
「家で弾くのもダメ?」
「構わないわ。だってあなたは何も知らないんだもの」
どんな曲を弾こうと自由よ。公爵家からピアノの音が聴こえても、誰かが咎めることはないでしょう。微笑んでそう伝えると、ホッとした様子で胸を撫で下ろした。
ピアノは、一日弾かないと数日分後退すると言われているから、好きなだけ練習したらいい。最近はそれなりに上手になってきて、両手で器用に旋律を追っているのよね。
「ぼくも、ちんぱる、やる」
ちんぱる……シンバル。子供の言い間違いを頭の中で訂正し、レオンの黒髪を撫でた。私もリハビリに精を出すとしましょうか。
「ヘンリック様はお仕事ですか?」
「そうだな。机の上にこんなに溜まっていた」
苦笑いしながら、こんなだぞと手で胸の高さを示すヘンリック様。ユーモアがおありなのね、そんなに書類を溜める王様なんて聞いたことないもの。




