190.俺は王の子だ ***SIDE国王
王の子は王になる。至極当たり前のことで、俺は何も疑問に思わなかった。父が俺の不出来を嘆いたとしても、他に跡を継ぐ息子はいない。外から血を入れれば薄まるため、父上は養子を嫌った。
用意された側近候補は、真面目で頭が硬い。公爵家出身で、俺より出来がいいなんて不敬だ。それらを遠ざけたら、今度は侯爵家から選ばれた。俺を褒めちぎる一人を残し、また追い払う。勉強しろだの、王子らしくだの。そんな説教は聞きたくなかった。
耳に優しい言葉をくれる者を周囲に並べれば、居心地がよい。面倒な執務はすべて再従弟に押し付けた。とにかく真面目で顔がいい。父上のお気に入りで、何かと気に食わなかった。俺よりヘンリックがいいと、令嬢達は平然と口にする。
男は元気過ぎるくらいでちょうどいいだろ。そう思ったが、剣技はヘンリックの方が上だった。年下のくせに生意気だ。学院に通い始めて、同年代と比較されるようになる。王子は次の王で貴族の頂点に立つ存在だぞ。俺より上の成績を取る奴らは不敬だ、と騒いだ。
俺の評判はよくないらしく、婚約者候補が数人いたが辞退が相次いだ。ようやく俺の婚約者が決まったのは、父上の側近フェアリーガー侯爵が娘を差し出したからだ。王族と縁続きになりたかったのだろう。
見た目は可愛いし、大人しそうだ。俺より目立つなと言い聞かせ、放っておいた。どうせ大人になれば結婚するのだから、それまで構う必要はない。彼女は最低限、決められたお茶会以外は顔を見せなかった。後で知ったが、王妃教育が膨大な量だったらしい。
俺と結婚するお陰で、王妃になれるのだ。感謝しながら俺の分まで学べ。そう口にしたら、彼女は何も返事をしなかった。失礼な女だ。しばらくお茶会を中止してやった。それでも謝ってこない。なぜか父上に俺が叱られる羽目になったじゃないか。
ふと目を覚まし、周囲を見回す。見慣れた王宮より天井が高い離宮は、どこか寂しく感じられた。隣の温もりは、平民の女だ……何といったか。名前は思い出せないが、欲を満たすのに最適だった。大きな胸と尻、高貴な生まれの俺を敬う姿勢が素晴らしい。
記憶を辿るような夢を思い出し、眉根を寄せた。なぜ俺が退位させられたんだ? 何も失態を犯していないし、子供や妻も養ってやっただろう。何度考えても納得できない。
「朝食のお時間でございます」
いつもの侍女ではなく、年嵩の女が料理を運んできた。見たような顔だが、思い出せない。丁寧に並べられたテーブルの上には、俺の好物の海老がふんだんに使われたサラダがあった。引き寄せて食べ始める。平民の女には残り物を与えればいい……隣の酒を煽った直後、激痛が走った。
何が起きた? どうして血が……口、いや鼻からも溢れるのか。視界が赤く染まり、やがて色と明るさが抜けて暗くなった。寒くて痛くて声も出ない。
「私からマルレーネを奪ったくせに、大切にしなかった罰よ。苦しんで死になさい」
年嵩の女の声……ああ、思い出した。この声は王妃の……。俺の意識はここで途絶える。後悔する間もなかった。




