167.久しぶりの温泉を堪能
沐浴用のワンピースを纏い、侍女付き添いで温泉に入る。ぎりぎりまで車椅子で運ばれ、足を浸した。立って足が立つ高さだが、溺れたら危険なので階段の途中まで。そう約束して入浴が許可された。
ゆったりと広がる裾が、揺れる湯でひらひらと動く。レオンはやはり沐浴用のワンピースを被っていた。実は女児用なのよ。男児用に用意されたパンツを見て、お母様と同じがいいと言い出したの。慌てて用意されたワンピースで、にこにこと手を繋ぐ。
「温泉では手を繋いでいてね。約束よ、レオン」
「うん。ぼく、でき……るよ」
ご機嫌のレオンは、階段に座って楽しそうだ。前回と違い、服を着ているので気になる様子。裾を摘んだり、お湯を揺らしてみたり。忙しく手足を動かした。
「お湯加減はいかがですか、奥様」
「ありがとう、ちょうどいいわ。マーサもリリーも、あとでゆっくりしてね」
私の入浴介助で、温泉がお預けになってしまったわ。二人は「お気遣いありがとうございます」と受け流す。明日、明後日と交互にお休みを取ってもらおうかしら。
腰の辺りまでぬるめの湯に浸る。これって半身浴ね。ときどき肩に湯を掛けながら、半刻ほど過ごした。その間に手際よく髪や体を洗ってもらう。別邸でお風呂に入れてもらったけれど、やっぱり温泉は別格ね。体が芯から温まる気がした。
臭くはないけれど、ほんのりと硫黄が匂う。吸い込んで、もうすぐ帰還する屋敷を思い浮かべた。フランクやイルゼに会いたいわ。レオンの階段転落対策だったけれど、自室を下へ移して正解ね。車椅子で移動が楽だもの。
考えが右へ左へ流れる。湯船から溢れ出る湯のように、取り留めなく思考が拡散した。
「奥様、そろそろ……」
「あ、ええ。そうね」
心配したマーサに冷たい水を渡され、はっとする。危ないわ、眠りそうだったかも。ヘンリック様に届く仕事と称したお手紙も気になるし、温泉地での休暇も終わりが近い。楽しかったから、また家族で訪れたいわね。
車椅子にタオルを敷いて、包むように運び出された。いつもより時間と手間のかかる着替えを急ぐ。待たせたヘンリック様にお詫びを口にしようとしたが、彼は夢中になって何かを読んでいた。本ではないが、綴じた書類?
「ヘンリック様、お待たせしました」
「ああ、大丈夫だ。温まったか?」
きちんと乾かした髪に触れて確認し、私の手を握る。満足そうに頷いた彼は、続いてレオンに手を伸ばした。走り回って抱きつく息子を抱き上げ、ヘンリック様は嬉しそうに笑う。
「アマーリアをきちんと守ってくれたか? レオン、ありがとう」
「うん、できた」
僕、ちゃんと出来たよ。報告するレオンが頬を擦り寄せ、ヘンリック様は目を閉じて同じように振る舞った。ぎこちなさは感じなくて、私まで嬉しくなるわ。
私が真ん中、両側にヘンリック様とレオン。手を繋いで進む後ろから、リリーが車椅子を押してくれた。帰り道はまだ日差しが降り注いで明るく、寒さも首をすくめる程ではない。
「馬車の改造があと三日かかる。完成したら屋敷に戻ろう」
「はい、ヘンリック様」
「あい!」
お行儀の良い返事をしたレオンは、どんぐりをちらちら目で追う。けれど私と繋いだ手を解くことなく、大人しく別邸まで戻った。エルヴィン達に頼んであげるから、満足するだけ拾ってらっしゃいな。




