143.ようやく自覚した ***SIDE公爵
髪を巻いたアマーリアに見惚れる。いつも綺麗な彼女だが、今日は格別だった。素直に手を伸ばすレオンが羨ましい。だが淑女の装いに、勝手に触れるのはマナー違反だろう。グッと堪えた。
レオンに付き合って絵を描き、屋敷の風呂にはない湯の滝を説明する。興味があるようなので、誘ってしまった。あれは失敗だ、アマーリアも恥ずかしがっている。なぜ一緒に入ろうなどと……ああ、そうか。俺はレオンが触れたように、アマーリアに触れたい。
髪も肌も、気高い心まで。すべて俺のものだと主張したいのだ。今さら気づいたとて、もう遅いのに。だが契約は状況の変化によって更新や変更もあり得る。国同士の外交や不戦協定ですら、変更が多々あった。ならば、申し出てみるか。
そわそわしながら、相談役のフランクの不在を恨めしく思う。本邸を離れられない職務なのは理解するが、いまは居てほしかった。ベルントに相談するか? ちらりと視線を送り、一緒に部屋を出た。もちろんアマーリアとレオンに挨拶は忘れない。
アマーリアは礼儀正しい人を好むようだ。義父上も同じだった。それに加えてお人好しなところも、そっくり同じだ。シュミット伯爵家が没落寸前だった理由が、ここにある。伯爵家に収入がないのは、領地が少ないから。男爵家並みの狭い領地しかなかった。
義父上か、その上の代で誰かに掠め取られたのだろう。残った領地に派遣した管理人は驚いていた。伯爵家があれほど困窮した生活をしているのに、民は潤っていると。取るべき税を減らし、民の生活の安定を図るのは優しさではない。
領主に金がなければ、災害の復旧や道路の整備の資金をどこから捻出するのか。その点が考慮されていない。シュミット伯爵家のお人好しは悪い方へ働いていた。本来、人としては美徳であるのだが。
ああ、考えが逸れた。まずは契約書の変更……いや、そのためには使用人達に、契約結婚の事実を話さなくてはならない。考えながら自室へ入り、扉を閉めたベルントと向き直った。
己の過ちを認めたら、すぐに是正すべきだ。政の判断で当たり前に行なってきたのに、私的なことになると口が重い。アマーリアは使用人達の信頼を得ており、人気が高かった。軽蔑されるか、怒られるか。
緊張しながら、乾いた唇を湿らせた。
「実は……だな、その……」
言い淀んで、無駄に咳払いをする。軽蔑の眼差しがなんだ! それだけのことをしたのだから、覚悟を決めろ。自分に言い聞かせ、待っているベルントに視線を合わせた。大切な話をするのに、目を見ずに話すなど失礼だ。そんなことも忘れていた余裕のなさに、口元が歪んだ。
「アマーリアとの結婚は、契約に基づく……偽装夫婦だった、んだ」
怖いが目を逸らさず、最後まで言い切った。ベルントは激昂するでも呆れるでもなく、静かに頷く。
「存じておりました」
「は? え、あ……いつ、から」
「結婚式まで、奥様との交流の話が一切ございません。当日も仕事を優先なさいました。家令も侍女長も、悲しんでおられましたよ」
両親の代わりに話しかけ、使用人の範疇内で愛情を注いでくれた。あの二人を……俺は悲しませたのか。胸にじくじくとした痛みが広がった。




