141.思いがけない手紙に驚く
楽しいことが終われば、次は面倒なこと。仕事だったり、掃除だったり、人によって面倒なことは違うけれど。今回の私達には、手紙だった。
別宅に帰ると、すぐにレオンはお昼寝に向かった。マーサが付き添ったので任せる。半分くらい寝ていたので、文句は出なかった。お父様は気を利かせてくれ、温泉に行くと言って弟妹と出かけて行った。
ベルントの付き添う部屋は、先先代が執務に使っていた書斎だ。ヘンリック様と向かい合って座り、間に置かれた手紙を眺めた。なかなか開こうとしないヘンリック様だったが、仕方なさそうにペーパーナイフを手に取る。封蝋を残して、さっと上部をカットした。
机に置かれたペーパーナイフがカタンと乾いた音を立てる。静かな部屋にやけに大きく響いた。私ったら、緊張しているのかしら。取り出した手紙を読み進める彼の表情は動かない。どんな内容が書かれているのか、判断がつかなかった。
「君も読んだ方がいい」
「……はい」
受け取った手紙に目を通す。最後まで読んで驚いた。思っていた内容と違う。それに署名が国王陛下じゃなくて、王妃マルレーネ様になっていた。
「マルレーネ様でしたのね」
「陛下が書いた手紙を、あの方が差し止めたのだろう」
ヘンリック様は見てきたように、さらりと言い切った。療養休暇の承諾から始まり、陛下の我が侭を抑え込んだ経緯が簡単に纏められている。最後に美しい署名で締め括られた。
「ほっとしちゃった」
自然と表情が和らぐ。口調が崩れたけれど、ベルントは何も言わなかった。代わりにハーブティが用意され、テーブルに置かれた。口をつけて、お礼を口にする。
「療養の許可があれば、予定通りゆっくり過ごせそうね」
「ああ、帰った後の始末は帰ってから考えよう」
砂糖やミルクを用意していたベルントの手が止まる。ヘンリック様を不躾に凝視し、小声で詫びて壁際に下がった。驚くのは理解できるわ。結婚当初の彼が標準だったなら、現在の姿や発言は別人だもの。
「休暇を切り上げたら、レオンががっかりします」
「俺もがっかりするぞ」
「ふふっ、私もですわ」
ヘンリック様は変わった。いいえ、きっとこれが本来の彼で、今までは押し込められてきたの。ようやく解放されて、自分の生き方を模索している。レオンと一緒よ。大きな子供は学び、育っていくんだわ。
「ヘンリック様、私達は家族です。不安や心配ごとは分け合いましょう。忘れないでくださいね」
一人で背負い込んだりしないこと。そう伝え、私は微笑みかけた。目を見開いたまま動きを止めたヘンリック様は、長い時間をかけて「ああ」と短く返答をくれる。こういう時の表情もレオンにそっくり。
ふとレオンが気になって立ち上がり、飲みかけのカップを倒してしまった。中身が溢れて、溜め息が口をつく。やってしまったわ。
悪い手紙と決めつけて後回しにしたけれど、そうではなかった。その代わりに小さな悪いことが起きたのね。割れなくてよかった。カップを片付けるベルントに謝ろうとして、迷った。公爵夫人としてはダメなのよね? でも個人的には謝りたい。
「ベルント、こぼしてごめんなさいね。片付けもありがとう」
我慢は体に悪い。だから自由にしよう。イルゼに叱られても、きちんと説明して向き合う。だって使用人と主人でも、人同士だもの。嫌な気分にならないはずよ。




