140.ガラスのボタンで領地が潤うわね
ガラス細工の専門店かと思ったら、元は鍛冶屋らしい。鍛治師だった父親の跡を継いだが、仕事がなくてガラス製品を作っていたとか。女性だし、力もいるから鍛治は難しいかもしれないわ。ただ、窯を利用するアイディアは素晴らしい。
扱う商品をガラスに変更したのは、良い選択だった。汎用性が高い。何より、服の装飾品に目をつけたのは賢いわ。衣服は消耗品だから、買い替え需要が期待できた。店舗のガラスや窓は、一度購入したら次の購入は壊れた時。服なら数着購入する可能性がある上、一着にいくつも使う。
「ボタンとして使えるわね」
「穴を開けたり形を作るときに割れる数も多くて、高額になってしまうんです」
「貴族相手に売るなら問題ないわ」
「……貴族、ですか」
きょとんとした顔で繰り返す彼女は、誰に売るつもりだったのかしら。女店主カルラによれば、宝石が買えない平民向けの予定だったとか。そのため単価を下げられないか、材料をあれこれ混ぜて研究していたようだ。
「ヘンリック様、この事業に出資してはどうでしょうか」
「出資なら、アマーリアに任せる」
家計を預かる私の裁量なのね。家としての事業に発展すれば、ヘンリック様が指揮を取る。領地の運営と同じだからだ。でも現時点では、あくまでも私的な出資に過ぎない。となれば、私の権限でお金を動かせる。
「カルラ、あなたに出資するか決めたいの。まずはボタンを用意してくれる?」
「はい、喜んで!」
「レオンは何色が好き?」
話の間も、小さな手はいくつかのガラスを弄っていた。おはじきに似たガラスは丸く、手触りがいいのだろう。
「ぼく、あおがいい」
差し出されたのは、青いガラスだった。透き通った青を、笑顔で示した。その後も質問を続け、色が決まっていく。ヘンリック様は黄色、私は紫、お父様が赤。ピンクと緑は双子で、すごく悩んだエルヴィンが銀色。これは金属を混ぜて作り出すらしい。
「ボタンに使うから穴を開けてね。五つずつ欲しいわ」
「っ! はい、頑張ります」
握ったガラスを棚に戻したレオンを抱き上げる。代金は先払いすると決め、届けさせる手配も済ませた。材料や工具を揃えるのはもちろん、まずは自分達の生活を豊かにして取り掛かってほしい。
「がんがって」
舌っ足らずの応援を、カルラは満面の笑顔で受け止めた。丁寧に見送られて店を出る。いいお買い物になりそうね。
貝殻や骨を削って作られるボタンが主流だけど、領地で大量生産が出来たら。安定した収入を生む、領民の仕事になるわ。豊かになれば、税収も増える。悪いことと良いことは同量で、交互に訪れる。それが私の持論だった。これは良いことで、手紙が悪いこと。きちんとバランスが取れてるわ。
その後もいくつかお店に立ち寄り、ユリアーナのリボンやエルヴィンの文房具、ユリアンは木剣を購入した。お土産に木刀を欲しがるのは、世界を跨いでも同じなのかしら。ふふっと笑いが漏れた。
さあ、嫌だけど……そろそろ手紙と向き合わなくちゃね。




