137.記憶と似て非なる温泉
温泉は、予想外に立派な建物だった。元は湧き出た温泉を囲い、住民が利用していたらしい。ヘンリック様のお祖父様が、妻のために施設を作ったんですって。きちんと男女で分かれているけれど……。
入り口できょとんとしてしまった。大浴場がないわ。まず男女に分かれる。その先に、個室が並ぶ廊下があった。扉がいくつもあって、理由を尋ねたら思わぬ答えが返ってくる。
「貴族のご夫人は夫以外に肌を見せられませんので」
「はぁ……」
まあ不特定多数に見せるのは問題だけれど、同性でもダメなの? この個室で、それぞれに入浴するらしい。レオンはヘンリック様ではなく、私についてきた。今も繋いだ手を揺らして、楽しみにしている。
「わかったわ。私とレオンが一緒に入るから、あなた達はそれぞれ入って頂戴」
「いえ、入浴をお手伝いいたします」
申し出を断り、リリーとマーサも入浴してもらう。ちなみに、男性のお風呂も同じように個室だった。貴族社会では、貴婦人や紳士の裸を平民に見られるのは問題らしい。面倒臭い文化だわ。洗う人も大変……屋敷の使用人と同じで、雇用は生まれるわね。
一番奥のお風呂を勧められ、レオンと扉の前に立つ。嬉しそうなレオンが手を伸ばすから、後ろから少し手助けした。
「あいた!」
「ありがとう、レオン。とても助かるわ」
お手伝いできたと喜ぶ幼子と二人で入る。ソファがあり、着替えを掛けるトルソーも置かれていた。ドレスで来る人もいるの? 疑問に思いながら、私はさっさとワンピースを脱いだ。先にレオンを脱がすと、お風呂に飛び込みそうで危ないんだもの。
ぱっぱと脱いで、レオンのボタンを外す。お風呂への扉は、ガラス製だった。テラスへ出る大きな窓と似た作りのようだ。湯気はさほど多くなく、お湯の温度が低いのだろうと予想をつけた。手桶が見つからないので、自分の手でお湯を掛ける。
「レオン、こうやって体にお湯をつけて、熱くないか確かめるの。体も先に洗いましょうね」
「うん」
見様見真似、ちらちらと私を確認する。濡らした手をぺたぺたと体に当てて、石造りの洗い場に座り込んだ。手早く体と髪を洗う。タイルのように切った石を貼ったのか、それとも大きな石が埋まっているのか。
岩風呂のようなお風呂は、意外と快適だ。記憶に残る温泉に近かった。ただ深さは全然違い、大人が立って入れる。階段があり、そこを降りた。レオンは途中の段で手すりを掴んで大喜びだ。
屋内なのも手伝い、やや温度の高い温水プールだった。ぬるりとした泉質で、濁ってはいない。
「おかしゃま! えい」
掛け声と同時に、レオンがざぶんと飛び込んだ。慌てて受け止める。首に手を回してしがみつき、顔まで濡らしたレオンは笑顔を見せた。やっぱり温水プールね。
「楽しい?」
「うん! あのね……これ、なぁに?」
言葉と同時に胸がぎゅっと握られ、固まった。予想外で心の底から驚くと、声って出ないのね。にぎにぎと動いた手の主は、首を傾げて自分の胸を撫でている。
「女の人は胸が膨らんでいるの。断りなく触れてはいけないのよ」
無邪気な振る舞いに、悪気はないのだと理解した。でも本当に驚いたわ。




