136.好き嫌いが始まったわね
朝食は家族全員で頂いた。その後、エルヴィン達は勉強がある。双子は不満そうだけれど、街に下りるのは午後からだと伝えた。きちんとお勉強したら連れていくと約束し、レオンとヘンリック様を振り返る。
ヘンリック様のお膝に座るレオンが、手にしたスプーンでスープを示した。
「あかいの、たべゆ」
緑のお野菜を避けたのね? 悪い子だわ。私が気づいていないと思ったのかしら。ヘンリック様が確認するように私に視線を向けた。さっきも赤いお野菜を食べたから、同じでいいかと問うているのね。笑顔で首を横に振った。
「レオン、こっちはどうだ」
「やっ」
ぷいっとそっぽを向いて……私と目が合った。自分でもマズイと思ったのか、ぽかんと開けた口を手で覆う。そのまま顔も覆ってしまった。
「悪い子だと悲しいわ、レオンはいい子だから食べられるわよね?」
そっと緑の野菜が載ったスプーンを差し出す。ちらっと隙間から確認し、しばらく動かなかった。葛藤していたようで、諦めることにしたみたい。小さな手が下ろされ、口が開く。でも今までより小さく……嫌だと示しながら。
好き嫌いが出てきたのは、レオンが成長している証だ。我が侭は構わないけれど、全部叶えるわけにいかないのよ。スプーンでつつくと、仕方なさそうに口に入れた。実際食べると美味しいのか、口元が綻ぶ。
色が嫌なのかしら。それとも別の理由? 細かくしてスープにとろみを付けたら気づかなかったりして。つい料理方法まで思考が飛び、慌てて引き戻す。まずは食べさせることに集中しましょう。レオンはその後は文句を言うでもなく、素直に出された物を食べた。
「……アマーリアが出すと食べるのか」
ヘンリック様がしょんぼりと肩を落としている。自分が出しても食べなかった緑の野菜を、私のスプーンからは食べたのがショックだったのね。
「私は無理にでも食べさせてきましたから、諦めたんでしょうね」
慰めて、ヘンリック様にも野菜を差し出した。ぱくりと食べて「おいしいのに」と呟いている。ふふっ、やっぱり大きな子供だわ。思い通りにいかなくて拗ねている感じがする。
「午前中は温泉です。急がなくちゃね」
急かして準備を終えた私達は、ログハウスの裏側へ向かった。ベルントと数人の騎士、それから管理人夫妻だ。リリーやマーサにも同行してもらった。
街へ行くより近い距離、色付いた葉を拾いながら歩くレオンは、両手がいっぱいだった。預かると言って、マーサが葉っぱを籠に入れる。どんぐりを拾い、しゃがみ込んで石も選び始めた。
「レオン、早くお風呂に入りましょう。寒くなっちゃうわ」
「うん!」
拾った石を捨てて、元気に走ってくる。荷物をリリーに預け、広げた両手でレオンを受け止めた。抱き上げたら、小さな手がもじもじと動いている。石や葉に触れたので、手が汚れたのね。気にしていた。
「お風呂に入る前に手を洗うから平気よ」
「うん……でも、おごれたうよ?」
意味を理解できず、少し考える。今の流れだと「汚れちゃう」だろう。
「汚れたら洗えばいいのよ」
「あい!」
元気に返事をする。よかったわ、予測は合ってたみたい。すごいですねと感心する声がして、リリーがそうでしょうと応じる。後ろの騎士達から尊敬の目で見られてしまった。




