135.立派な旦那様を演じる裏側
ヘンリック様の祖母、王家から降嫁なさった姫君は姿も心も美しい方だった。繊細で子育てはとても無理、乳母に任せっきりにしたとか。我が侭放題に育った息子の姿に後悔し、自分を罰するように閉じこもった。
愛する妻のそんな姿に、先先代は彼女を守る別宅を建てた……なんとも無責任な話だわ。管理人夫妻から聞き出した話に、私は眉根を寄せた。ちょうど差し出されたお茶が熱かったフリで誤魔化す。
昨夜のヘンリック様の様子が気になり、早朝から彼らの部屋に押しかけた。それなのに管理人夫妻は快く受け入れる。理由は、私がヘンリック様を変えたから、だそうよ。先代ヨーナス様があまりに自分勝手で、使用人達は公爵家の行く末を案じた。
ヘンリック様は厳しい家庭教師からよく学び、面倒を見る上級使用人を守るために鍛えた。その結果が実の父から爵位を奪う行動に繋がったのだけれど、管理人夫妻は彼の心を心配した。優しい子なのに可哀想だと。
親戚でもない使用人の立場では、フランクを含め誰も動けなかった。そんな中、突然現れた妻の私にヘンリック様が甘えている。幼いレオンも懐いて、一緒に過ごそうとする。家族の形をみて、私に隠し事はしないと決めたらしい。
管理人夫妻の使用する部屋は丁寧に掃除がされ、居心地がよかった。このままお茶を楽しめる心境ならよかったけれど。
「戻るわ、話を聞かせてくれてありがとう」
「いいえ。こちらこそ……その、坊ちゃんをよろしくお願いいたします」
「甘え方を知らん人じゃから」
夫妻に頭を下げられ、廊下まで見送られる。二階から階段を降りていると、ヘンリック様が待っていた。不安そうな顔で、私を見上げてくる。二、三段駆け上るが、そこで足を止めた。
この表情、最初の頃のレオンにそっくりだわ。本当に……変なところでそっくりな親子ね。足早に降りて、ヘンリック様の手を取った。
「起きたらいなかったから……」
「心配させてごめんなさいね。この家の管理について聞きたかったの。ほら、昼間はレオンと出かけるでしょう?」
昨日消化しきれなかった予定がある。温泉に入ること、ケーキ屋以外の店に寄ること、街をゆっくり散策すること。指折り数えて、微笑みかける。
「おか、しゃま! おとちゃまも!」
ぷんぷんと怒りも露わに駆けてくる幼子を受け止める。後ろにベルントが付き添っていた。どうやら目が覚めて拗ねたレオンを誘導してくれたみたい。
「おはよう、レオン」
「おはよ、ごじゃます!」
挨拶は大事と教えたので、きちんと返してくれる。ヘンリック様もしゃがみ、レオンの目線で「おはよう」と挨拶をした。飛びついたレオンを抱き上げ、身を起こす。目線が近くなったレオンは私に両手を伸ばした。
「あらあら」
受け止めて、そのままヘンリック様から預かる。すると不満げな声が聞こえた。
「俺ではダメか」
「旦那様、母親と争っても父親は負けるものです」
経験者は語る。家庭を持つベルントの言葉に、私達の口元が緩んだ。こんな会話をする日がくるなんて、想像もしなかったわ。




