133.幸せの影法師が伸びる
「お待たせいたしました」
緊張した面持ちの店員が運んできたのは、お皿に盛られた苺だった。教育のチャンスだと思ったけれど、そうね。せっかくの旅行だもの。楽しい思い出だけで構わないわ。レオンはまだ三歳に届かないんだから、ゆっくり覚えて間に合う。
急ぎ過ぎていた自分に気づき、天井を仰いでゆっくりと深呼吸した。よし! 気合いを入れ直し、ヘンリック様にお礼を伝えた。
「ありがとうございます、助かりましたわ。ヘンリック様」
「おとちゃま、ありがとぉ」
満面の笑みでぺこりとしたレオンは、赤い苺を突き刺した。また差し出そうとするので、自分で食べなさいと微笑む。少し考えてぱくりと口に入れた。頬が緩んで嬉しそう。
「君達も食べてくれ」
ヘンリック様の許可が出て、ユリアンはすぐに動いた。遠慮なく一つ刺して口に入れる。なぜか、隣のユリアーナの口に……。きょとんとしたものの、ユリアーナは「美味しい」としっかり味わった。
遠慮がちなエルヴィンも一つフォークで突き刺し、ユリアンの口に押し込む。食べさせ合いが流行っていた。これって私達のせいかしらね。
「失礼、一ついただきます」
お父様は優雅に一つを掬い上げ、エルヴィンの口元へ運ぶ。つんつんとフォークで促され、恥ずかしそうに食べた。お父様は自分の前のケーキを食べ始め、双子とエルヴィンも交換し合う。
「ぼくも!」
そこに参加したいと声を上げたため、レオンのケーキも皆でつついた。一口ずつもらって、今度は私のブルーベリーケーキを。最後にヘンリック様のチーズケーキも提供された。
屋敷で待つ使用人へのお土産も兼ねて、ケーキを纏めて注文する。お店のケーキを買い占めると悪いので、明日の配達にしてもらった。明日もケーキがあるとはしゃぐ子供達に、自然と頬が緩む。
仲良く手を繋いで歩いた。今日の持ち帰り分として詰めてもらった焼き菓子が、レオンと一緒に揺れる。ヘンリック様が持つと言ったら、レオンがお手伝いすると抱えて運び始めたの。
転ばないよう、片手をヘンリック様と繋いで歩く。もう片方の手はお菓子を抱えていて、ある程度進んだら今度は私と手を繋いだ。
「楽しかった?」
「うん」
「また明日いこう」
ヘンリック様のお誘いに、レオンが大喜びする。ぴょんぴょん飛び跳ねて、転びかけた。私が支えるのが間に合ってよかったわ。ヘンリック様も腕を出して支えようとした。
途中で疲れたレオンは眠くなり、お菓子を抱えたままヘンリック様に抱き上げられる。まだ歩くとごねるけれど、お昼寝がなかったから我慢できなかったみたい。
突然首ががくんと揺れて、すっかり夢の中。危ないのでお菓子の箱を私が受け取り、ヘンリック様が抱え直した。並んで歩く坂道に、細長く影が伸びる。先を走る双子の影もくるくる周り、エルヴィンが追いかけた。
一番後ろをゆっくり歩くお父様を振り返り、後ろに伸びた影に目を細めた。この光景、すごく幸せで満ち足りた感じがするわ。腕の中で、お菓子が小さな音を立てた。




