130.夫も餌付けしちゃった
やや寝不足の目に朝日が沁みるわ。ヘンリック様も眠そうにしていた。ベッドや枕が変わると寝られない人もいるから、その類かもしれないわね。
元気いっぱいなのはレオン、お父様達と食卓を囲む間も大喜びだった。初めての旅行で、家族が一緒。ヘンリック様もずっと居てくれると聞いて、大はしゃぎしている。食事の間も足が揺れっぱなしなの。まるで犬の尻尾みたいだった。
「お昼までお絵描きをしましょうか。その後で街へ出てご飯を食べるわ。お買い物をしたり、街を歩いたりしましょうね」
「おえ、かき……まち!」
お昼寝は馬車の中で済ませればいいし、移動中なら抱っこすれば問題ない。お父様やヘンリック様もご一緒だから……あらやだ。いつの間にか、ヘンリック様が抱っこしてくれると考えていたわ。
ちらりと視線を向けた先で、今日は魚の骨を丁寧に除いている。ほぐした身を、レオンに差し出した。フォークの上に載った魚を、ぱくりと食べたレオンが頬を押さえた。
「レオン、あーんだ」
「あー、ん……おいちっ」
上達するレオンの言葉と同じように、ヘンリック様の育児も急成長している。以前なら魚を丸ごと差し出したと思うわ。二人の交流に頬を緩めながら、私はレオンの千切ったパンをもらった。代わりにサラダやスープを運ぶ。
ぱちっと目が合った瞬間、ヘンリック様が口を開けた。考えるより早く手が動いて、フォークで刺したサラダを食べさせる。流れるような自然な行為に、私は何も感じなかった。が、見ていた周囲は違う。
「お姉様、いつからそんな……」
「え? こんな仲良しだったっけ?!」
双子の発言に、こてりと首を傾げた。ヘンリック様も不思議そうな顔をし、最後にレオンが私の真似をする。しかし左右が逆だと気づき、慌てて反対に首を倒した。
「ごほん……夫婦なんだ、問題ないだろう」
お父様が締めくくり、双子は「はぁい」と返事をして食事に戻る。結局、なんだったの? 意味がわからないまま、私はレオンにスープを飲ませた。隣で開いた口に、当たり前のようにスープを与え……はっとする。
レオンだけじゃなく、ヘンリック様にも食べさせていたわ。何も疑問に思わず、ごく普通に……。気づいたら顔が赤くなっていく。首や手も赤く染まり、熱があるのかと心配された。
「なんでもないの」
あたふたと言い訳し、食事を終えた。途中でヘンリック様だけ食べさせないのはおかしいし、きっと悪い方へ考えてしまう。自分が悪いことをしたから、食べさせてくれないと勘違いしたら可哀想だった。
レオンに食べさせているんだもの、その延長よ。家族なら普通だわ。うん、平気よね。自分に言い聞かせた。エルヴィンも双子もそうやって育てた……けれど、ヘンリック様は大人だし。
回る思考を振り払うように首を横に振り、レオンと一緒に中庭の見える部屋に移動した。お絵描き道具を引っ張り出し、レオンはご機嫌で絵を描いている。庭の絵かしら? 紫の茂みと、赤い点、緑の……線? たぶん、中庭だと思う。
血が繋がらなくても息子ね、私と同じで絵心はなさそう。向かい側でヘンリック様も絵に挑戦した。やっぱり親子ね、似たような絵を描く。くすっと笑って、私は隣で王妃殿下への手紙を認めた。




