129.家族のキスを交わしましょう
お父様には、私の予算から給料が支払われている。旅行に出る直前、その支払いがあったのだ。フランクに任せて、私は直接関与していなかった。仕事の対価として払っているけれど、娘からもらうなんて嫌でしょう?
お金が入ったので、弟妹の服を買いに行った。公爵家の離れで暮らす以上、あまり見窄らしい服装は良くないと考えたのね。元々、少しでもお金が入れば私やエルヴィンに服を買っていたっけ。お父様らしいと思った。
双子は私やエルヴィンのお下がりが多いのだけれど、今回はお揃いの服を買ってもらえたみたい。食堂で嬉しそうに披露した。レオンは手を叩いて喜ぶし、ヘンリック様も似合うと言ってくれる。双子なのに、お揃いコーデもさせてあげられなくて、申し訳なかったわ。
明日は午前中に勉強をして、午後から温泉に入る予定だ。帰りに街に寄ろうかしら。今の季節は栗やきのこが出回ると聞いたし、双子やエルヴィンにも何か買ってあげよう。レオンはお絵描きの道具がいいかも。
ちらりと視線を向けた先で、ヘンリック様がお行儀よく肉を切っている。欲しいものはご自分で買える人だけど、贈り物は別格よね。何か身につけるものを贈ろうと決めた。
ヘンリック様は無愛想なのではなく、単に人との関わり方を知らないだけ。不器用な大人で、レオンも同じ道を歩きかけていた。
可愛い天使の未来と考えたら、甘やかしたくなるわ。どことなく可愛いのよ。小さく切った肉を、せっせとレオンの皿に運ぶ。そんな姿が微笑ましく、いろいろしてあげたくなるの。
翌日に備えて、早めに寝室へ引き上げた。二階は使用人にあてがい、私達は中庭が見える寝室を利用する。ヘンリック様の主張により、両側の部屋をそれぞれの私室とした。間に挟まった寝室で、三人で眠りたいんですって。
「いっちょ!」
「一緒よ」
「……い、っしょ?」
「よくできました」
ちゅっと額にキスをして、寝かしつける。ぽんぽんと叩いてリズムを取り、小さな声で歌った。レオンの右隣で横になったヘンリック様が、何か言いたそうに私を窺う。レオンにしてあげたことで、ヘンリック様にしていないこと……。
レオンに接する言動に、ヘンリック様は素直に羨ましいと表明する。だから今回もレオンだけにした行動を欲しがっているはず。ベッドに潜り込んでからのあれこれを思い出し、気づいて口元が緩んだ。
親愛のキスが欲しかったのね。眠ったレオンを乗り越える形で、ヘンリック様の方へ身を乗り出す。目を見開いた表情が、レオンと重なるわ。ちゅっと音をさせ、挨拶のキスを贈った。頬は角度的に厳しいので、額というか……こめかみね。
「おやすみなさい、ヘンリック様」
「……あ、おやすみ……」
ぎこちなく答え、真っ赤な顔で目を閉じる。そんなヘンリック様に微笑み、私もベッドに横になった。少しして、ぎしっと音がする。ベッドの軋む音に薄目を開ければ、すぐ前にヘンリック様の顔があった。整った顔がどんどん距離を詰め、頬に柔らかな感触が!
え? いま、ヘンリック様が私に家族のキスをくれたの?! 固まっている間に、ヘンリック様は静かに戻っていく。せっかく早くベッドに入ったのに、深夜まで目が冴えてしまったわ。




