126.馬車の旅は初めて尽くし
家族と相談したところ、全員一緒に行くことになった。離れでも主人のいない屋敷に留まるのは、どことなく居心地が悪い。エルヴィンや双子が一緒なら、レオンと一緒にお風呂に入ってもらえるから安心ね。
ヘンリック様が体調不良になっても、ベルントとお父様がいれば頼りになる。馬車を追加し、国王陛下から邪魔が入る前に出発した。レオンはお気に入りの絵本を眺めているけれど、揺れる馬車で酔わないかしら。
「レオン、絵本は後にしましょうか」
「やぁ」
珍しい拒否に、自我が強くなる年齢ねと微笑む。その様子が不思議だったようで、向かいに座るヘンリック様に理由を尋ねられた。
「自我が育てば、イヤイヤ期が来るんですよ。なんでも自分でしてみたくて、親の手助けを嫌がります。きちんと成長している証ですわ。我が侭とは違いますの」
私も一般的な理解しかないが、ヘンリック様の知識に育児はないだろう。出来るだけ丁寧に伝えた。エルヴィンや双子も経験したのだと話したら、なるほどと納得していた。いずれ落ち着くけれど、知らないと驚くわよね。
「仕事は大丈夫だろうか」
窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。ヘンリック様の不安を吹き飛ばすように、私は明るく言い放った。
「滞るなら仕組みが悪いのです。誰か一人が欠けたら動かなくなる仕組みなど、間違っていますわ。不慮の事故があっても、誰かが穴を埋める。それが正しい組織のあり方です」
私はそう考える。ヘンリック様がいなくて国政が止まるなら、国王陛下は不要だもの。あの方がきちんと仕事をすれば、ヘンリック様は補佐に徹する。そのくらいの役割なら、誰かが代行できるわ。
「ヘンリック様は国王陛下ではありません。今回はしっかり休むのがお仕事ですわ」
「そうか」
少し表情が明るくなった。レオンは絵本を閉じたものの、大事に膝に載せて撫でている。がたんと馬車が揺れた。道が悪いのか、その後もがたごとと左右に傾く。
「レオン、お膝に乗る?」
「……うん」
まだイヤイヤ期や反抗期じゃないのかも。絵本を持ったまま膝に座り、窓の外を眺め始めた。ベルント達に確認したところ、初めての外出らしい。見たことのない景色に、興味を惹かれたようだ。身を乗り出そうとするので、絵本を置いて靴を脱がせた。
「え、ほん」
「揺れた時に、窓の外に落としちゃうわ。ここに置いておくから安心して」
言い聞かせて、さっきまでレオンが座っていた場所に絵本を置く。じっと見つめた後、こくんと頷いた。納得してくれたのね。立ち上がって窓枠を掴み、興奮したレオンは景色に見入った。落ちないよう、お腹に腕を回して支える。
「大変だろう、俺が代わろうか」
ヘンリック様からの申し出で、レオンは抱っこで移動となった。向きが変わったけれど、レオンは気にしていない。誰に向けたのか、大きく手を振った。楽しそうでよかったわ。
レオンが膝からいなくなったら、緊張が解けたのか。私は口元を手で押さえた。前世と同じで乗り物酔いがひどいのよ……少ししたら休ませてもらいましょう。




