125.療養が一番の薬ですわ
遊びで気を引いても、お昼寝を勧めても、レオンは首を横に振った。
「おとちゃま、いちゃい。ぼく、いるの」
鼻を啜りながら言われたら、無理に遊べなんて口にできないわ。離れの家族には、しばらく一緒に過ごせないと伝えた。エルヴィンが手伝いに来て、時々私達と交代してくれる。
使用人がいるから手は足りている。一度はそう断ったが、恩を返すんだと言われたらお手上げね。受けた恩は必ず返せと教えたのは、私だもの。
三日も経てば、ヘンリック様の熱も下がった。すごい高熱というわけではない。医者の見立てでは、心的要因で蓄積した疲れが出たのだろう、と。私の予想と一致したわね。やっぱり国王陛下のせいだったわ!
ヘンリック様が寝込んでいる間に、思わぬ情報を得た。家令フランクと侍女長イルゼが夫婦だったの。これは驚いたわ。廊下で待機するフランクに寄り添う姿で、初めて気づいたの。尋ねたらあっさり肯定されて、逆に知らなかった私が恥ずかしくなる。
「フランク、どの別荘がいいかしら」
「別宅、でございますか。海の近くは風が冷たいので、今の季節でしたら山際のこちらがよいでしょう。温泉もございます」
「温泉? 素敵、そこにしましょう」
ヘンリック様が寝込んでいる間に、移動の準備は済ませた。私が行き先を決定したことで、一部の使用人は移動を始める。荷物を載せた馬車は速度が出せないのよ。強盗対策の護衛を連れて、大通りを通るのも鉄則ね。
山際の別宅……この世界では別荘とは呼ばないのね。公爵邸の豪華さから判断して、きっと素敵な場所だわ。温泉も美肌の湯だと聞いた。仕事に復帰したリリーは準備に忙しく、マーサはこちらに詰めている。
「おとちゃま、だめ。お、おかしゃま!!」
起きあがろうとしたヘンリック様を止めようと、レオンは大きめの声を出した。フランクとの打ち合わせをやめ、私は執務机から離れる。広い私室を横切り、ベッド横に置いた椅子に腰掛けた。
今回の看病で運び込んだ家具よ。長椅子は邪魔だから、肘掛けの幅広い椅子を選んだ。客間の一つから拝借してきたの。これならクッションを入れて、寄りかかって眠れるから。
「あま、りあ?」
「お水をどうぞ」
先にコップを渡して水を飲んでもらう。私を呼んだレオンに、よくできましたと褒めるのも忘れない。ヘンリック様が起きたら知らせてね、とお願いしておいたの。得意げに胸を反らすレオンが、そのまま後ろにひっくり返る。
伸ばした手は間に合わず、ヘンリック様も硬直して見送った。ベッドの上にごろんと転がったレオンは、そのまま寝息を立て始めた。
「ふふっ、緊張の糸が切れたのね」
不思議そうに首を傾げるヘンリック様に、安心したのでしょうと伝えた。心労で倒れたこと、やや高い熱が続いたこと。療養が必要と結論付けて、ヘンリック様に微笑んだ。
「というわけで、山際の別宅へ療養しに行きましょう」
「……だが……」
「陛下はご自分で何とかなさいます。ちゃんと一ヶ月の休暇を申請し、ヘンリック様の有能な部下が受理してくれましたわ」
ほらと許可書類を見せれば、驚いた顔をしていた。温泉旅行でしっかり休みましょうね! 過労や心労は原因から離れるのが、一番の薬です。




