124.強制的に休みをもぎ取った
朝になってもヘンリック様の熱は下がらず、レオンも心配そうだ。発熱したら辛いと知っているみたい。小さい頃はよく体調を崩すから、経験済みなのでしょう。
「レオン、お父様を見ていてくれる?」
「うん」
できるよと笑うレオンの黒髪を撫で、近くの机で座る。便箋を手に取った。貴族的な挨拶の言い回しが記された本を開き、お手本にして書く。もったいぶった言い回しが半分、残りで要件を伝える。
ケンプフェルト公爵ヘンリックは、現在心労による体調不良で伏せっております、と。斜め後ろから、フランクが指摘した。
「奥様、こちらですが……ストレスが原因と記した方がよろしいかと」
「あら、本当だわ。私ったら嫌ね」
おほほと笑いながら、書いた文面をくしゃりと握り潰す。もっと直接的な表現でも許されるのね。結局フランクが代筆し、私が署名して送ることになった。奥様は旦那様の隣に……と言われ、様子を見にいく。
目を閉じ、真っ赤な頬で苦しそうな息を繰り返す夫の姿は、すごく辛そうだった。時々汗が浮かぶのを、レオンの小さな手がハンカチで拭う。ベッドに座り、じっと顔を覗き込んでいた。
「レオン、ありがとう。とても助かったわ。交代しましょうか」
「ううん、もっと、する」
誰かに面倒を見てもらうことが当たり前のレオンにとって、看病はいい経験になりそう。ヘンリック様もこの際、一ヶ月くらい休んでしまえばいいんだわ。療養と称して、家に閉じこもって……でも屋敷に迎えにきそうね。どこか療養できる保養地はないかしら。
尋ねたら、海辺に保養地があると聞いた。他にも別荘が数ヶ所、いつでも使えるらしい。公爵家の所有なので、そのどれかへ向かう算段をしておきましょう。ベルントに指示して、長期休暇申請の書類も用意した。
同時に送って、国王陛下が気づく前に受理してもらう予定らしいわ。使者の方には陛下への連絡を、ベルントが別便で休暇願いを出す。時間差をつけ、先にベルントが出発した。
ついでにお菓子を焼いてもらい、王妃殿下へのお手紙と一緒に届けることにする。昨日のお礼を綴り、陛下のやらかしを気に病まないよう記した。使者が王宮に戻ったのは、ベルントが帰宅する少し前だ。途中ですれ違ったかも。
ヘンリック様の熱はなかなか下がらない。魘されているので、レオンと二人で手を握った。ヘンリック様の左手を膝の上に置き、身を乗り出してハンカチで汗を拭く。座り直すと、両手でヘンリック様の手を包んだ。
賢い子だわ。自分がしてもらった看病を覚えているのね。イルゼが額のタオルを交換し、私も汗を拭いたり水を飲ませたりと忙しい。気づけばお昼になっていた。
「レオン、ご飯を食べるわ。こっちへ」
「ううん」
心配だからここにいる。そんな声が聞こえてきそう。でもね、その我が侭は許してあげられないの。
「レオン、聞いて頂戴。もしレオンが寝込んで、私がご飯を食べずに付き添ったらどう?」
「やだ」
「お父様も同じよ、ヘンリック様のためにご飯を食べないとダメ。たくさん看病するから、レオンも私もご飯を食べるのよ」
考えた後、レオンは泣きそうな顔で頷いた。いい子ねと頭を撫でて、同じ部屋の中で食事を摂る。本来は仕事用の立派な机に、軽食を並べて。いつもより早めに食べ終えた。




