122.部屋に戻ります、が?
お風呂に入れたレオンを抱いて、ヘンリック様のお部屋に向かう。一階へ移動した私室は、落ち着いた濃色の家具が多かった。絨毯や壁はアイボリーで柔らかく、西側の棚にはびっしりと書籍が並んでいる。背表紙に統一感がないので、飾りではなく実用書かしら。
「待っていた、さあ」
ベッドの上を示すので、回り込んでレオンを下ろす。はしゃいで転がるレオンを止めて、額にキスをした。それから身を起こす。
「ではお任せしますわ。おやすみなさ……」
「待て! ああ、その……アマーリアはどう、するのだ?」
「部屋に戻ります」
何を仰っているのかしら。もしかして、レオンが眠るまで絵本を読んであげてほしい、とか。
「レオンが眠るまで絵本を読みましょうか」
口下手なヘンリック様に提案すると、すごい勢いで首を縦に振った。読み聞かせに自信がないのね。仕方ないわ、まだ新米パパだもの。ふふっと笑って、ベッドの端に腰掛ける。上に一枚羽織ってきてよかった。
部屋の中で手を組んで祈る姿勢のフランクに、絵本を一冊持ってきてもらう。本来はベルントの仕事だけれど、彼はリリー達を迎えに行ってくれたのよ。もう直ぐ帰ってくると思うから、出迎えて労ってあげなくては。
運ばれた絵本は、まだレオンに読んだことのない新作だった。定期的に購入するよう手配した中の一冊らしい。表紙は大きな牛が描かれていた。寝転んだレオンに見えるよう開いて、絵本を読み始める。
牛は小さな友達がいた。注意しないと踏み潰してしまいそうな、綺麗な赤いてんとう虫だ。鼻先に止まる姿に、すぐ仲良くなった。だがある日、近くにいた羊に葉っぱと一緒に食べられてしまう。悔しくて悲しくて、泣きながら過ごした。
「いちゃい、いちゃい」
泣きそうな顔で胸を押さえるレオンのために、少し早めに続きを読む。
数日後、てんとう虫が飛んできた。ぐるりと牛の周りを飛び、鼻先に降り立つ。食べられていなかった! 牛は喜び、てんとう虫を愛おしそうに見つめる。羊が近づき、こないだはすまなかったと謝った。牛はその謝罪を受け入れる。
大した事件は起きない、子供向けの優しいお話だ。めでたし、めでたしで終わる。レオンは「よかったぁ」と微笑んだ。ヘンリック様は無言で聞き入り、何か考えている。
「では、失礼しますね。おやすみなさい、レオン。ヘンリックさ……まぁ?!」
最後まで挨拶し終える前に、ヘンリック様に引っ張られた。転がるようにベッドに倒れ込むと、上掛けが被せられる。
「ヘンリック様?」
「ああ、その……レオンが寂しがるから、一緒に……」
「添い寝ですか?」
小さく頷くヘンリック様の隣で、レオンがあふっと欠伸をした。その手で、私の袖を掴む。
「おかしゃま、いっちょ」
一緒は言えていたのに、誰かさんの悪影響で崩れている。許すまじ! と眉を寄せたものの……現時点で悩むことでもない。
「わかりました、でも一度お部屋に戻ってから来るわね」
「うん」
驚いた顔をするヘンリック様に微笑み、するりとベッドから出た。私がまた戻ると約束したので、レオンは素直に手を振って見送る。
そろそろ王宮からリリーやマーサが帰ってくる頃だわ。急がないとね。




