121.あんなの謝罪ではありません
侍女を二人とも置いてきてしまったが、イルゼは何も言わなかった。帰宅時間から事情を察した様子のフランクと食堂へ向かう。驚くことに、食事が運ばれてきた。
「ベルントから連絡が入りましたので」
騎士の一人を伝令にして先行させてくれたらしい。ベルントはヘンリック様と仕事の手伝いに行き、帰りは御者台に乗った。リリーやマーサは、行きに荷物や侍女を乗せた馬車で帰ってくる予定だ。
「帰ったら、明日は休むように伝えてね」
「かしこまりました」
あの状況で荷物を纏めるのは難しかったから、とても助かるわ。彼女らはしっかり働いたのだから、休みと……追加の臨時給与を出しましょう。前世のボーナスよ。普段の賃金を仕送りしている子も多いから、別支給の方が喜ばれるはず。
運ばれた料理は、いつもと同じでほっとする。王宮の料理と似ているのに、何かが違うの。一緒に食べる人の違いかも。柔らかな鴨肉を切り分け、レオンの口に運ぶ。ぱくりと食べて、頬を緩めた。
手にしたフォークを伸ばす仕草をするから、届く距離へお皿を近づけた。
「自分で食べたいのね。偉いわ、レオン。上から……そう、上手よ」
見様見真似でフォークを肉に刺す。カットされた肉を口まで持っていき、あぐっと噛み付いた。頬を膨らませて、大きな肉を右へ左へ。だんだんと小さくなり、やがてごくりと喉が動いた。
「でちた!」
喜ぶレオンに近づき、ぎゅっと抱きしめて頬を擦り寄せた。食事中に無作法だけれど、レオンを褒めるのが最優先よ。たくさん褒めて立ち上がると、ヘンリック様が泣きそうだった。
「ヘンリック様?」
「いや……なんでも、ない」
レオンが何かできるようになって、私が褒める。そのたびにヘンリック様は感情を取り戻していく気がした。フランクは心配そうな顔でこちらを窺っている。それが答えね。イルゼも瞬きの回数が多かった。
少しだけ迷って、レオンの黒髪を撫でるヘンリック様を抱きしめた。座ったヘンリック様の頭を引き寄せる。綺麗に整えられた頭に、そっと手を置く。髪を乱さないよう、優しく左右に動かした。撫でるより柔らかな動きで。
「ヘンリック様、本日はありがとうございました。晩餐の場にいたくなかったのです」
「……っ、構わない。俺も同じだ」
あれは謝罪ではなかった。ただ側近が提案した形で行われ、本人はもう許されたつもりで傲慢に振る舞った。それも、王女殿下の我が侭や無礼を増長する形で。親としてなら最悪だし、王としても臣下を馬鹿にした行動だわ。
あの謝罪は受け入れられない。ヘンリック様もそう判断してくれたことが嬉しい。きっと契約当時なら、私は我慢して受け入れ、ヘンリック様は何も言わなかったでしょう。
「今日は早めに休みましょう」
「ああ……っ、その……」
あら、いつもの癖が出たわ。何か要望があるのかしら。言いづらそうだから、当てられたらいいけれど。
「レオンと一緒に寝ますか?」
これだろう、と思って提案したら表情が明るくなる。ぱっと顔を上げたヘンリック様は、すごく喜んでいた。久しぶりに私は独り寝になりそうね。




