120.お詫びの気持ちを感じない
お詫びとしての晩餐会が始まった。王族は直接、謝罪の言葉を口にしない。代わりに「国王陛下がお詫びの気持ちで、晩餐会を開きますのでご出席ください」と側近が根回しする。晩餐に応じれば、謝罪を受け入れたと判断された。
遠回しだけれど、それだけ国王の謝罪は重いのだろう。人だからやらかすことはあるが、毎回頭を下げていたら国が軽んじられる。悩んで妥協案を作ったご先祖様達の苦労が偲ばれるわ。
食前酒が注がれるも、レオンを抱いて帰る可能性があるので辞退する。ヘンリック様も同様だった。今も膝にレオンを乗せたままだ。続いてオードブル、美味しそうなマリネとサラダ、スープ……。
「ルイーゼちゃん、おいちぃでちゅかぁ?」
「あい!」
ご機嫌で両手を振り回し、ルイーゼ王女殿下は口を開く。侍従が小さくカットしたマリネを差し出し、国王がそれを口に運んだ。口に入れたタコが気に入らなかったのか、ぺっと吐き出す。国王の豪華な衣を汚しながら、食材が転がった。
その際に暴れた王女殿下の足が、テーブルを蹴飛ばす。だが国王陛下は注意しなかった。
「これはきらいでちたか。じゃあ、こっちはどうかにゃ?」
ここで私の怒りが突き抜ける。小さい子は離乳食の時も含め、食べ物の好き嫌いが激しい。食べられず吐くこともあるし、味が嫌いなら泣いて暴れることもあった。だから、それ自体は問題ではない。
「ヘンリック様」
私が料理に手をつけないため、ヘンリック様も様子見をしていた。レオンはきょとんとした顔で、ルイーゼの行いを見つめる。それから私を振り返った。
「いけにゃい、の」
あれはいけないと、一歳下のレオンも理解していた。嫌いなら食べなくていいけれど、口に入れて出すのはマナー違反。硬かったりどうしても無理だったりしたら、手の上に出しなさいと教えた。レオンはそれを守っている。だから驚いたのだろう。
「帰りましょう」
私の促しで、ヘンリック様は侍従に合図をした。椅子を引いてもらい、中座する。一般的な晩餐なら失礼に当たるが、今回はお詫びの場だった。主導権は私達にあるはずよ。問題行動なら、ヘンリック様が同意するはずないもの。
「如何したのだ?」
「帰らせていただく」
お詫びは受け取らない。つまり許さないと言い切ったヘンリック様は、私を連れて部屋を出ようとした。王妃殿下は何も言わず、王子達は項垂れている。状況を理解しないのは、陛下と王女殿下だけ。
「なぜだ! こうして詫びの席を設けて」
「阿呆だからですわ」
何も言わずに我慢しようと思ったのに、つい言葉が溢れた。目を見開く国王は自覚がないのだろう。鍛えた立派な体躯と、威厳を示す顎鬚、ごわごわした金髪は全体に白い。年を経てから得た末姫が可愛いのは理解する。それでも限度があった。
「れぉはいっちょ! やだぁ!」
大泣きする王女殿下の声を背中で受けて、私はマルレーネ様と王子殿下二人に会釈した。これで通じるはずよ。悪いのは陛下一人だもの。
ヘンリック様は私の手を腕に触れさせ、さっさと退室した。後ろで騒ぐ陛下の声など無視だ。メンタルが強いのか弱いのか、判断が難しい人ね。馬車に戻るまで、私達は無言だった。きょろきょろしていたが、レオンも口を手で塞いでいる。
馬車に乗り込み、荷物……と額を押さえた。その辺は侍女やマルレーネ様が何とかしてくれるでしょう。




