99.魔法学会⑤
「そこまでです」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、たくさんの魔法使いが俺たちを包囲した。
声の主は最近見かけなくなっていたゼラベルだ。着ているローブがずいぶん豪華になっている。
「おお、ゼラベル君! 君からも言ってやってくれ! こいつらが使っているのは、もはや禁呪だ!」
「レミントフ教授……」
教授が援軍が来たとばかりに喜色満面の笑みを浮かべた。
だけどゼラベルは、教授に対して冷ややかな視線を送っている。
「どのような魔法でも禁呪かどうかを決めるのは十二賢者が審議会で議論を重ねてからです。個人がどのような魔法を使っていようと、それを広めようとしなければ使用そのものは自由。この世界における大原則です。よもや十二賢者とあろう者がお忘れですか?」
「ま、待ちたまえ! 君はどちらの味方なのだ!」
「……そろそろ本題に入らせてもらいましょうか」
教授に向かってゼラベルが書状を広げた。
「レミントフ・パクヌスーリア。あなたには逮捕状が出ている」
「……は?」
「あなたの家は既に捜索済みだ。魔法盗用の証拠も多数確保済み。もはや言い逃れはできない」
「ま、待ちたまえ。待て……」
「さらにガルナドール王子の名において、あなたから十二賢者の資格を剥奪する。以上だ」
「は、は、は……はひ、は」
あまりのことに過呼吸になりかけるレミントフ教授。
俺たちも急展開についていけず、彼らのやりとりを呆然と見ていた。
「ふざけるなっ! わわ、吾輩は、吾輩こそが十二賢者だ! お前らなんかとは違う、選ばれた才人なんだぞ! それを奪うというなら、お前らは敵だ! 許さんぞぉぉっ……!!」
あっ、レミントフ教授が呪文の詠唱を始めた!
キャンセルしたほうがいいかと思ったけど、ゼラベルも詠唱を開始してる。
使おうとしてる魔法からして……先に完成するのはゼラベルだな。
「ショック」
ゼラベルが魔法を発動すると、ビリリッとレミントフ教授の周囲に微細な電流が走った。
「あぐあっ!!」
教授がたまらず身をのけぞらせて、詠唱を中断してしまう。
ショック……電流で痛みを与える風属性の初級魔法だ。
竜王族にはもちろん効かないし、訓練すれば簡単に耐えられるんだけど……教授には効果てきめんだったみたいだ。
「あなたのような者は、すぐに詠唱の長い大魔法に頼ろうとする。だからこそ発動の早い初級魔法に足元を掬われるんです」
「この才無がぁ!! 覚えていろよ、吾輩は必ず――」
「連行しろ!」
拘束されて発動体の杖も取り上げられたレミントフ教授は、あたりに喚き散らしながら連れていかれてしまった。
その後ろ姿を眺めていたゼラベルが、ぽつりとつぶやく。
「ようやく兄さんの復讐を達成できたのに。なんの感慨も湧かないものなのね……」
小声だから聞き取りずらかったけど、復讐?
それに、なんだか口調が女の子みたいだったけど……。
ゼラベルはレミントフ教授に恨みでもあったのかな?
「えっと……これって、ゼラベルが助けてくれたってことなのかな?」
「アイレン……勘違いしないでください。私はガルナドール王子の命令に従っただけです。そして私は王子の権限により、今この時を持ってレミントフに代わり十二賢者に就任しました」
「そうなんだ。すごいじゃないか、おめでとう!」
「……ありがとう。私もセレブラント留学組を素直に祝福しましょう。あなたたちは力を示し、道を切り開いた。後日、十二賢者が君たちの研究を審議することになるでしょう。ですが、今のうちに教えておきます。他の十二賢者がどう言おうと、最終的にあなたたちの研究に審議を下すのはガルナドール王子の命を受けた私になります」
「そうなんだ……?」
あれ? それってつまり全部が全部ゼラベルの胸の内で決まっちゃうってこと……?
「研究内容がどんなものであろうと、私は絶対に通しません。だから諦めて帰ってください。魔法学会は、あなたたちのような者たちがいても仕方のない場所です……」
ゼラベルは一方的に言い放って、闘技場から立ち去ろうとする。
「君、待ちたまえ!」
そんな彼を呼び止めたのは観客席から降りてきたライモンドさんだった。
かなり息を切らせてる。だいぶ急いで降りてきたみたいだけど……。
「き、君はもしやギラベル君なのか……?」
「…………いいえ。私はゼラベル・ノートリア。あなたの愛弟子……兄ギラベルは、もう死にました」
何やら意味深な言葉を残して、今度こそゼラベル・ノートリアは去っていた。




