91.策謀する者たち④
「話が違うではないか、ゼラベル! 奴ら、吾輩の申し出を断ってきたぞ!」
レミントフ教授は自分の研究室に戻るなり、部屋で待機していたゼラベルを怒鳴りつけた。
「私は、連中が魔法学会に研究を提出しようとしていると申し上げただけなのですが。その様子だと、どうやら色良い返事はもらえなかったようですね」
ひとりの男が窓から夜景を眺めていた。
教授に振り返ったのは片眼鏡が特徴的な優男。
その姿はゼラベル・ノートリアと同一だ。
しかし、普段の彼とは幾分か雰囲気が異なっている。
声音は至って冷静で、まるですべてを見透かしているかのよう。
レミントフ教授に大声を出されても、これっぽっちも動揺を見せていない。
むしろ凍てつくような怜悧な視線を向けられたレミントフ教授のほうが逆にたじろいてしまったほどだ。
「そ、そもそもラウナリース王女殿下がいるなどという話は聞いていなかったぞ!」
「それの何が問題ですか? 先に申し上げましたとおり我々のバックにはガルナドール王子がいるのです。派閥が政争で負けて国外に追いやられたお飾りの王女などどうということはありません」
「そ、それはそうかもしれんが……!」
「失敗したのは、あなたの頼み方が礼を欠いていたからではないですか?」
ゼラベルに図星を突かれたレミントフ教授の顔があっという間に真っ赤になった。
「ぶっ、無礼な! 吾輩は十二賢者のひとりなのだぞ!」
「たしかに学会内での地位はあなたが上ですが、こちらは王子より使命をあずかる身。その気になればあなたを追い落とすことなど造作もありません」
「ぐ、ぐぬぬ……」
自分より巨大な権威を振りかざされて、言い返せずに黙り込むレミントフ教授。
(フン……所詮この男は虚栄心の塊。失敗するのは目に見えていた。ここまでは予想通り)
ゼラベルは内心ほくそ笑む。
(とはいえ、連中は断ったのか。セレブラント留学組がなんらかの研究を魔法学会に提出しようとしているのは既にわかっていた。乗ってくる線もあったのだがな……そうなったとしてもシナリオを修正するだけだから問題なかったが)
ゼラベルの作戦はこうだ。
まず、前段階としてレミントフ教授にガルナドール王子からの指令書の写しを見せた。
すなわち「セレブラント留学組の行動を阻止せよ」という例の内容である。
さらに「セレブラント留学組が魔法学会への進出を狙っている」と情報を与えてから、その上で何かいいアイデアがあれば協力してほしいと要請した。
もちろん、レミントフ教授のことをおおいに褒めちぎった上で。
レミントフ教授は「いい考えがある」とすぐに行動を起こした。
もちろん、セレブラント留学組の研究を自分のものにするためだ。
勝手にそう動くよう、ゼラベルが仕向けたのである。
レミントフ教授は、これまでも学会に推薦するからと受講生から研究資料を預かり、それを魔法学会に自分の名前で提出してきた。
そして受講生には残念ながら学会に通らなかったと報告すれば、研究成果だけを自分のものにできる。
魔法学会が派閥同士により構成される伏魔殿だからこそ成立する、実に陰湿な手口だ。
とはいえ、セレブラント留学組には王族も混じっている。
さすがのレミントフ教授も今回は自重しようと思っていたところに、ゼラベルが「他国の王族から研究を盗んでも大丈夫だという保証」をぶら下げたわけだ。
もっとも、結果はついてこなかったが。
ゼラベルとしては、それで問題なかった。
レミントフ教授が研究を盗もうとした証拠を握っている状況こそが、次の一手に繋がるのだから。
「そんなことより、どうするのです? 他の教授に話を通されてしまったら、セレブラント留学組の研究成果が魔法学会に提出されてしまいます。そうなれば……あなたも連帯責任となりますよ、レミントフ教授」
「ば、ばかなっ! 命令を受けているのはゼラベル、お前ではないかっ!」
「それがですね、あなたが太鼓判を押すものだからガルナドール王子にも『レミントフ教授がうまくやってくれるようです』と伝えてしまったんですよ」
もちろん真っ赤な嘘だ。
しかし、自尊心の高いレミントフ教授はそれを当然のことと信じた。
「な、な、なんということをしてくれたのだっ!!」
「いえいえ、もちろん責任を取らされるのは私なので大丈夫ですがね。ただ、まあ……ガルナドール王子からは不興を買ってしまうでしょうね。あの御方はただでさえ『魔法使いが嫌い』ですから」
「うぐぐぐぐぐぐ……」
「どうか、お気になさらず。私がうまく言っておきます。今回の『失敗』はレミントフ教授……あなたのせいではないと」
そう言い残してゼラベルは部屋を辞した。
その際にチラリと視線を送ると、レミントフ教授が歯を食いしばっているのが見える。
その表情を見て、ゼラベルは作戦がうまくいくことを確信するのだった。
◇ ◇ ◇
自分の研究室に戻ってきたゼラベルの頭の中で声が響く。
(本当にうまくいくのかな、兄さん)
どことなく弱気で自信のなさげな囁きに、ゼラベルが口の端を吊り上げる。
「どう転んだとて問題はない。レミントフが研究を盗めればそれでよし。失敗したとしても、奴らの研究が魔法学会に承認されることは絶対にない。他の教授には推薦を出さないようガルナドール王子の名を使って命令済みだからな。奴らが目的を果たすには、どうあってもレミントフ教授を頼るほかない」
そしてレミントフの推薦が得られたとしても魔法学会の十二賢者たちはいつもどおり適当な理由で研究を却下するだろう。
そしてアレンジという名の盗用を行なおうとしたレミントフ教授を、今度はゼラベルが告発する。
任務を達成しつつ、レミントフ教授に復讐する……それがゼラベルの計画の全容だった。
ここまではすべて思惑通りに進んでいる。
「それで、掲示板に貼られた連中の研究タイトルはどうだった。やはり四属性同時発動か?」
(それが……えっと……)
「どうした。歯切れが悪いな。いいから言ってみろ」
(どうも発表する研究は……『火と水の反属性混合、その有効活用』らしいんだ)
「…………は?」
ゼラベルは、しばし絶句した。
思考が追い付いてこなかったのだ。
「……さすがに何かの間違いじゃないのか? 」
ゼラベルは改めて問いかける。
(おかしいよね。そんなこと、絶対にできるはずがないのに)
頭の中の囁きにゼラベルも同意したくなった。
決めつけは見識を狭くする……普段から自分に言い聞かせているから、即答は避けたが。
「麗しの才子才媛なら、あるいは我々が考えもしないような方法があるのかもしれない。しれないが……」
それでもやはり有り得ない、と断言せざるを得なかった。
火は水で消える。子供でも理解している物理法則だ。それは魔法でも変わらない。
セレブラント留学組はそれを覆す方法を見つけたというのだろうか?
(案外、奴らもそこまで優秀じゃないのかもしれないよ)
「そうかもしれない……いや、だが、しかし……」
四属性同時発動を使いこなす化け物がいるのだ。
やはり絶対ないとは言い切れないのではなかろうか?
「そうだな。念のために保険は打っておくか……」
それでもやはり何かの間違いだろうと思いつつ、ゼラベルは新たな布石を打つべく思考を巡らせるのだった。




